こちら診察室 100歳まで見える目
100歳まで目を保つ
~寿命より先に見えなくならないために~ 【第1回】
◇人生100年時代にすべきことは
人生100年時代構想会議=2017年11月
人生100年時代という言葉はロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン教授らが「LIFE SHIFT100年時代の人生戦略」という著作の中で提唱したものです。世界的にこの考え方は注目されており、日本では2017年に安倍晋三内閣が「人生100年時代構想会議」を設置するなど政治的、社会的に取り上げられるようになりました。人類は非常に長生きする時代に入っており、100年生きることを前提とした人生設計が必要とされています。
日本人の平均寿命は厚生労働省が出している簡易生命表で確認することができます。これによれば、2022年の推計で男性が81歳、女性が87歳になっています。100歳までは生きないとしても、かなり長生きをする時代になっています。
一方、WHO(世界保健機関)の統計によると、先進国では実際の寿命の約10年手前で健康寿命が尽きてしまうとしています。平均寿命を10年差し引きすると、日本人は男女とも70歳代で深刻な病気などをして、健康ではなくなってしまうということになります。しかし皆さん、これを甘んじて受け入れてよいのでしょうか。これからの長寿社会に備え、自らの健康に投資をしていくべき時代が来ています。
◇フレイルに介入を
深刻な病気をして要介護状態になる―。こうなると健康に戻るのはかなり難しいです。要介護の前のところで介入して、健康に戻していこうという考え方があります。この要介護前、かつ健康な状態に戻り得る不安定な状態を「フレイル」と呼びます。フレイルの定義は「加齢に伴い身体のさまざまな機能が低下することによって、健康障害に陥りやすい状態」です。フレイルの状態で何らかの手を打てば、元気な老後が手に入るのではないかということです。
フレイルは「身体的フレイル」(体が弱る)、「心理的フレイル」(心が弱る)、「社会的フレイル」(社会性が落ちる)から構成されます。それぞれが相関しながら「全体的に」弱っていくとされています。フレイルへの介入は各分野で取り組まれています。
歯科ではオーラルフレイルが提唱されており、口腔(こうくう)機能が低下すると栄養が取れないだけでなく、全身の機能も落ちていくとされています。歯科領域はかなり古くから口腔機能の維持に注目しており、1989年に開始された8020運動(80歳になっても20本以上の自分の歯を保とうという運動)はご存じの方も多いでしょう。整形外科はフレイルとオーバーラップする概念としてロコモティブシンドロームを提唱し、骨、筋肉、軟骨などの運動器疾患によって移動能力が低下していく状態に対して積極的に介入していこうとしています。そして眼科領域ではアイフレイルが提唱されるようになりました。
アイフレイルは日本眼科啓発会議が2021年に提唱した言葉です。もともとフレイルには感覚機能の低下という概念が入っており、眼科領域で独立させて考えていこうとしたものがアイフレイルです。眼は外界からの情報の8割を取り入れる感覚器であり、眼の機能低下は、すなわち感覚機能の低下につながると考えられます。アイフレイルは加齢に伴う視機能の低下であり、目が見えないことから身体的フレイル(移動機能低下)、心理的フレイル(うつ、認知機能低下)、社会的フレイル(就労、外出、社会参加の減少)を来します。すなわちアイフレイルとは、全てのフレイルに影響を与える概念です。しかし、視機能の低下は非常に自覚しづらいと言われています。
眼科検診を定期的に受けることは重要(イメージ)
◇眼科検診の重要性
病気の早期発見・予防には健診が重要です。眼科健診で分かる病気はとても多いです。例えば、失明原因の1位である緑内障は40歳以上の5%に存在すると言われ、健診で見つけるべき代表疾患です。末期まで自覚症状がなく、自分ではほぼ気付くのが不可能です。緑内障の疫学調査である多治見スタディでは、緑内障のある方のうち、すでに診断されている(見つかっている)割合は1割しかなかったという結果でした。白内障も加齢に伴って必ず訪れる病気ですが、ゆっくりと視機能が低下するため、かなり視力が下がっていても気付いておられない方が多いです。あるいは、眼底の検査によって糖尿病や動脈硬化が分かることもあります。眼科健診は健康状態の指標としてたくさんの情報を与えてくれます。
では、眼科健診は十分に受けられているのでしょうか。ジョンソン・エンド・ジョンソン社が2020年の眼の愛護デーに合わせて世界6カ国で実施した目の健康に関する意識調査があります。その中で、2年以上眼科検査を受けていない人の割合は日本で50%に達しています(世界平均は31%)。さらに、日本人は定期検査を受けることが健康のために重要と考えている割合が少ない(日本66%、世界80%)、何らかの対応によって視力低下を防ぐことができると考えている割合が少ない(日本19%、世界47%)、健診を当たり前と考える割合が低い(日本17%、世界41%) という結果でした。ここから日本人は眼科検査への意識が低く、予防できるという意識も低いことが分かります。
海外では、医療保険によって年に1回以上の眼科検査を推奨しているところが多いようです。米国眼科学会も年に1回の健診を推奨しており、日本眼科医会も40歳以上は年に1回眼底検査を受けることを推奨しています。しかし、現状はまだ不十分ということになります。
◇検診は面倒でも
2011年に著名な科学雑誌であるネイチャーに掲載された、10の未解決の社会科学の問題というものがあります。そのトップが「人々に自分の健康に注意するようにさせるには、どうすればよいか?」です。健康を過信するのは人間の強い傾向として存在します。しかし、人生100年時代に健康維持するために、自らへの投資として(眼科)健診をしていきませんか。孫子の兵法には、「敵を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」という言葉があります。これに倣い、「病気(敵)を知り、自分の健康(己)を知れば100歳あやうからず」となれるよう、これからの連載で目の病気の話をしていきたいと思います。(了)
岩見久司医師
岩見久司(いわみ・ひさし) 大阪市大医学部卒、眼科専門医・レーザー専門医。 大阪市大眼科医局入局後、広く深くをモットーに多方面に渡る研さんを積む。ドイツ・リューベック大学付属医用光学研究所への留学や兵庫医大眼科医局を経て、18年にいわみ眼科を開院。老子の長生久視(長生きして、久しく目が見えている状態)が来る時代を願い、22年に医療法人社団久視会に組織を変更した。現在は多忙な診療を行う傍ら、兵庫医大病院で非常勤講師として学生や若手医師に対して教鞭をとる。
大学病院などで培った網膜・緑内障診療と、小児の近視治療の2本柱を軸に、高度医療を提供する。「100歳まで見える目」をたくさんの人が持てるように啓蒙活動を展開。
(2024/09/04 05:00)
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