田村正徳 医師 (たむらまさのり)

埼玉医科大学総合医療センター

埼玉県川越市鴨田1981

  • 小児科 総合周産期母子医療センター 新生児部門
  • 教授、診療科長 センター長

小児科 産科 産婦人科

専門

新生児学、小児呼吸器病学、小児集中治療学

田村正徳

研修医時代、当時の日本の小児ICUが非常に遅れているということを痛感し、トロントの小児病院Hospital For Sick Childrenに留学。帰国後はそれを新生児集中治療の分野で応用してきた。1990年の湾岸危機では医療先遣隊員としてヨルダンの難民キャンプやソマリア難民キャンプでの医療活動に従事するなど国際医療協力にも積極的に参加し、現在も毎年初夏に「国際小児保健医療協力入門セミナー」を主催している。また厚生労働省科学研究主任研究者として「重篤な疾患を持つ新生児の医療をめぐる話し合いのガイドライン」を作成するなど医療技術だけでなく生命倫理を広い視野でとらえている。国際蘇生連絡委員会(ILCOR)の新生児部門委員として日本版蘇生法ガイドラインの作成や日本周産期・新生児医学会の新生児心肺蘇生法(NCPR)講習会事業を開始するなど、新生児心肺蘇生法の普及活動にも力を入れている。

診療内容

日本における周産期・新生児医療はスタートしてからの歴史は浅いが、その進展は目覚ましく、今や世界でも最高水準のレベルを誇る。田村医師はその中で新生児集中治療を専門として、この分野の発展に大きく貢献してきた。
新生児医療の発展で、出生1,000グラム以下の超低出生体重児の生存率は20%から80%以上へと急速に改善してきた。超低出生体重児の神経学的後遺症も、従来の発達遅延、脳性麻痺、失明だけでなく学習障害や多動などの行動学的異常が珍しくないことが明らかとなってきたのだという。「早産児を出産した母親は喪失感、失敗感、わが子への罪悪感に苛まれており、出生直後からの母子分離による親子の“絆”形成の障害と我が子の死や障害に対する恐怖心が相まって養育障害に陥る危険性が高いと言われている。育児不安の増大や負担感、困難感は、NICU(集中治療室)退院後の被虐待症候群という悲劇の誘引にもなりえる」(田村医師)
田村医師は、NICUを単なる救命の場と考えるのではなく、母子・家族関係の構築の場・未熟性に対応した育児支援の場であると考え、児の発達・成長支援、母子関係の促進、育児不安の支援、乳幼児虐待の防止まで、広い視野で、院内の体制づくりや環境整備、地域との連携など、「家族指向型医療」に重点を置き、早い時期から実践している。
また、田村医師が、現在、力を入れていることの一つに「新生児蘇生法の普及」がある。出生により、胎盤循環が絶たれ、胎外での生活に適応した呼吸・循環機能が順調に切り替えられない事例は、全出産の10%、さらに、全出生児の1%が救命のための呼吸療法以上の蘇生手段を必要とし、適切な処置を受けなければ、死亡するか、重篤な障害を残すとされている。心肺蘇生国際ガイドラインでは「すべての分娩に新生児の蘇生が可能な要因が少なくとも1人は専任で立ち会うべきである…さらに、ハイリスクが予想される分娩では、新生児の専任に複数のスタッフが立ち会うべきである」と推奨されている。
近年、ハイリスク分娩や新生児に対する医療体制は確立されつつあるものの、すべてのハイリスク児の出生予測は不可能であり、まったく順調な妊産婦であっても、胎児が子宮外で突然、適応障害を起こすことは稀ではないのだという。
田村医師は、少しでも仮死による障害児や死亡者の発生を少なくするためには、新生児を取り扱うすべての医療従事者が標準的な新生児の蘇生法に習熟する必要があると訴え、国際標準に則った日本版新生児心肺蘇生法のガイドラインを作成。効果的な新生児心肺蘇生法の研修プログラム・研修システムの構築に取り組んできた。2012年3月の時点で学会公認講習会の受講者は全国で4万人を超え、1,600人以上の新生児蘇生法専門コースインストラクターが毎月100件前後の講習会を開催、毎月1,200人前後の医療関係者が受講している。
田村医師が長を務める埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センターは、新生児部門48床(うちNICU30床)、母体胎児部門46床(うちMFICU15床)、周産期麻酔部門、小児循環器部門の4つの部門から構成される、埼玉県で唯一の総合周産期母子医療センター。国内でも最高水準の周産期医療を行っており、リスクの高い母体・胎児および新生児の医療の基幹病院として大きく地域に貢献している。また、日本周産期・新生児医学会の基幹研修施設としても認定されている。現在、新病棟を建設中で、2013年春には、NICU60床、MFICU30床と倍増し、世界一の規模の総合周産期母子医療センターが完成する予定。
また、母体・新生児医療に加え、小児医在宅医療プロジェクトとして、新生児・小児医療、障害児施設、訪問看護ステーション、保健師、行政などの力を結集して、地域でこどもと家族を支える“チーム埼玉”の構築を目指している。同院一般小児病棟の小児在宅支援病床、さらにはPICU16床(HCUを含む)の新設、重度心身障害児施設「カルガモの家」の開設、在宅医療コーディネーターとして特定看護師(仮称)の採用などを通して小児在宅医療支援ネットワークを構築中。世界のリーダー的存在となる周産期医療施設を目指している。

医師プロフィール

1974年 東京大学医学部卒業。同大学小児科学教室入局。
1982~1985年 The Hospital for Sick Children(カナダToronto市)小児ICU部のchief clinical fellowおよび呼吸生理部のresearch fellowとして勤務。帰国後、国立小児病院(現国立成育医療センター)新生児科副医長就任。
1989~1993年 東京大学小児科学教室講師。
1993~2002年 新設の長野県立こども病院にて 新生児科部長、総合周産期医療センター長、副院長を歴任。
2002年 埼玉医科大学総合医療センター小児科主任教授兼総合周産期医療センター長として現在に至る。