倉恒弘彦 医師 (くらつねひろひこ)

大阪市立大学医学部附属病院

大阪府大阪市阿倍野区旭町1-5-7

  • 疲労クリニカルセンター
  • 客員教授

内科 心療内科

専門

内科学、疲労科学

倉恒弘彦

1980年代にアメリカで報告された慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome:CFS)、最近ではイギリスやカナダで報告されている筋痛性脳脊髄炎(myalgic encephalomyelitis:ME)とともに、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と診断されるようになってきた。
 日本では約12~36万人の患者がいると推定されており、倉恒弘彦医師は厚生労働省や文部科学省の研究班代表を歴任するなど、ME/CFS医療において中心的役割を果たしてきた。その活動は原因解明から診断法・治療法の確立、地域医療体制の構築まで実に広範囲に及ぶ。最大の問題はME/CFSを理解して専門的に検査を実施する医療機関が大変少ないという点。今後は開業医でも容易にできる診断法を確立・普及させ、医療連携を全国に拡大させていきたいという。

診療内容

それまで元気に生活していた人がある日突然、原因不明の激しい全身倦怠感に襲われ、それ以降座っているのもつらいほどの疲労感とともに、微熱、頭痛、筋肉痛、脱力感や、思考力の障害などが長期にわたって続くため、健全な社会生活が送れなくなる病気、慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome: CFS)。
イギリスでは、1950年以降、筋肉痛や倦怠感とともに脳神経系の異常に基づくと思われるような臨床症状がみられるCFS類似病態の患者に対して、筋痛性脳脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis:ME)という病名を用いて診療が行われており、最近の国際的な医学雑誌ではME/CFSとしてこの病気を取り上げているものが多い。
2015年2月、全米アカデミーの1つである米国医学研究所(IOM: Institute of Medicine of the National Academies)は、「ME/CFSは罹患した患者の健康や活動に深刻な制限を加えるような全身性の慢性疾患であり、重篤な場合には患者の生活そのものを破壊する深刻な病態である」と提言している。また、臨床医に対してこのような病態が重篤な全身疾患であることを理解して、診断、治療に取り組む重要性を示すとともに、今後5年間で科学的根拠に基づく診断基準の作成を行うことが必要であると発表している。
日本では現在約約12~36万人の患者がいると推定されるおり、20~50歳代の働き盛り世代に多く、約2:1の割合で女性に多いのも特徴である。
 倉恒弘彦医師は長年、この病気の原因・病態の解明や診断、治療法の開発に取り組んでいる。
 「原因はまだ解明されていませんが、インフルエンザなどの感染症とともに、さまざまなストレスが発病のきっかけにつながっています。ストレスには学校や会社、家庭等の人間関係による対人的なもの、過重労働やオーバートレーニングなどの身体的なもの、騒音や温熱環境、放射線などの物理的なもの、シックハウスや公害等の化学的なものなどがありますが、それらが複合に影響して発症につながっているのではないかと思われます」。ただでさえ病気はつらいが、患者はさらに差別にも苦しめられている。
「慢性疲労症候群という病名が災いし、疲れは誰でも感じるものであるということから、ただ疲れを強く訴えて怠けていると思われたりするのです」。
確かに、病名を聞くと「慢性的な疲労の病気」ととらえてしまうが、実際の病態は違う。
 「指先の脈派や心電図を周波数解析して自律神経機能を調べてみると、多くのME/CFS患者さんでは、自律神経活動が低下するとともに、交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、交感神経系の緊張が高まっています。また、腕時計型の高感度加速度センサーをつけて一日の活動量を測定すると、日中の活動量が落ちて横になっている時間が長く、夜間の睡眠効率が低下して中途覚醒が増えていることなど、明らかな異常がわかります。思考力の低下も、単純計算課題検査をすれば、回答数が有意に落ちているのでわかります。さらに、この病気で一番大きく変化するのは血液中の活性酸素の量です。血液を調べると、活性酸素が増えて、抗酸化力が著しく落ちていることが多い。活性酸素の量が増える病気は慢性疲労症候群だけではありませんが、明らかに健康な状態でないことははっきりします」。ME/CFSは、決して自覚している疲れを強く訴えているだけの病態ではないのである。
 日本では、まだこうした検査を実施してくれる医療機関がほとんどないため、倉恒医師が外来診療にあたっている大阪市立大学附属病院・疲労クリニカルセンターには、北海道等の遠隔地からも患者が訪れている。
「検査で異常が発見され、治療すべき病気であることがはっきりしたお陰で、崩れていた家族や職場との信頼関係を取り戻すことができたと涙を流す患者さんも少なくありません」
 同疾患を理解して、診てくれる医師が少ないことも、患者の苦境に追い打ちをかけている。
 症状が出て内科を受診しても、従来の内科的な異常は発見できないし、精神科を受診すれば、神経症やうつ病と診断されてしまうからだ。
 ME/CFSを理解し、正しい診断ができなければ、当然適切な治療を行うことはできない。結果、患者は医療の狭間に陥り、診断も受けられず、見放された状態になってしまっているのである。ただ政府も、手をこまねいてきたわけではない。文部科学省生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(1999~2004年)を皮切りに、21世紀 COEプログラム「疲労克服研究教育拠点の形成」(2003~2008年)、厚生労働省「慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成」(2009~2011年)、厚生労働省「慢性疲労症候群の実態調査と客観的診断法の検証と普及」(2012年)と20年以上に渡って、病因・病態の解明に向けた臨床研究や治療法の開発に取り組んでいる。そして倉恒医師は、厚生労働省の取り組みの研究班代表を歴任するなど、中心的役割を果たしてきた。その活動は、原因解明から診断法・治療法の確立、診断と治療ができる地域医療体制の構築まで実に広範囲に及ぶ。    
最近、脳内で炎症がおきると、脳内免疫防御を担っているミクログリア細胞が活性化し、末梢性ベンゾジアゼピン受容体と呼ばれる分子を発現することが明らかとなり、ポジロトンCT(PET)を用いて活性型ミクログリアの有無を検査することにより、脳内神経炎症の存在を直接調べることが可能となってきた。
そこで、日本医療研究開発機構「慢性疲労症候群の病因病態の解明と画期的診断・治療法の開発」研究班(代表研究者:倉恒弘彦)は、CFS患者9名と健常者10名を対象として、脳内神経炎症を検出できるPET検査を実施したところ、CFS患者群では左視床、中脳、橋において脳内神経炎症が有意に高いことを世界で初めて見出した。
被験者の頭部CT検査やMRI検査では異常がみられておらず、通常の保険診療で異常がみられないCFS患者でも、脳内の神経炎症が存在している可能性が高い。さらに、各自覚症状と脳内神経炎症の関連がみられる部位を調べたところ、視床、中脳、扁桃体での炎症が強い場合は認知機能障害が強く、帯状回や視床の炎症の強さと頭痛や筋肉痛などの痛みの程度に相関がみられ、海馬での炎症が強いほど抑うつ症状が強いことも判明した。
したがって、CFSは単に脳機能の変調のような機能的な病態にとどまらず、重症例ではミクログリアの活性化で示される器質的な病態である可能性が考えられる。この発見は、米国におけるCFS研究の第1人者コマロフ教授(ハーバード大学)が発表した2014年におけるME/CFSに関する世界10大発見の1つとして大きく取り上げられており、米国やヨーロッパのCFS患者を対象とした臨床試験が始まっている。
日本においてもME/CFS患者100名を対象にした、脳内神経炎症の有無と臨床病態との関連を明らかにする臨床試験が平成29年度より開始される予定である(代表研究者:渡辺恭良)。
なお、患者会からは「慢性疲労症候群という病名を、海外で使用されている病名である筋痛性脳脊髄炎(通称ME)に改めて欲しい」という強い要望も出されていた。そこで上述の研究班では、診断基準検討委員会(グループリーダー:伴 信太郎(名古屋大学))を立ち上げて、CFSの呼び名(病名)について1年間かけて検討した結果、CFSというこれまでの病名は疲労という誰もが日常生活で経験している症状を病名として用いていることにより誤解や偏見を受ける可能性が高く、この問題点を早急に解消する必要性が指摘され、世界中の多くの医学会誌で用いられているME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)を用いることとした(2016年3月)。
また、診断基準検討委員会において、本邦で用いるCFS診断基準について検討を重ねた結果、CFS臨床診断基準はプライマリ・ケアを担っている医師が医療現場で用いる診断基準で、簡便性、利便性が求められるのに対して、研究用CFS診断基準は病因・病態の解明を目指した研究機関が対象を明確にする診断基準であり、統一性・厳格性が求められることより、両者は区別して用いることが望ましいという結論に至り、プライマリ・ケアを担う医師が活用しやすいME/CFS臨床診断基準(案)を発表している(2016年3月)。
治療としては、ME/CFSと診断された患者に対して、種々のストレスなどの環境因子がきっかけとなり神経・内分泌・免疫系にみられる変化を1つ1つ紹介するとともに、現在の病態がどのような異常によって引き起こされているのかについて説明することが極めて大切だという。
 「こうした説明は、患者自身が陥っている状況を正確に理解し、病気を克服して行く過程で極めて重要な位置を占めており、ME/CFS患者を診療する場合の重要なポイントです」。
 また、ME/CFS患者の治療を行う場合には、1. ME/CFS発症後現在まで精神疾患の診断基準を満たさないⅠ群、2. ME/CFS発症時には精神疾患の診断基準を満たさなかったが、その後精神疾患の診断基準をみたすようになったⅡ群、3. ME/CFS発症時に同時に精神疾患の診断基準も満たしていたⅢ群、ME/CFS発症前よりうつ病や不安障害などの精神疾患を発病していたⅣ群の4つに分けて、Ⅰ群の治療は主に内科が担当、Ⅲ群・Ⅳ群の治療は主に精神科が担当し、Ⅱ群の治療は内科と精神科が共観の形で対応することが重要だ。

●内科的治療…基本的な治療としては補中益気湯(2.5g/包)(3包/日)毎食前と、ビタミンB12(500μg)(6T/日)、ビタミンC(アスコルビン酸)(3000mg/日)の投与を行っている。NK活性が低下していた症例では補中益気湯の投与により有意な回復が認められ、集中力、思考力の改善した症例も多くみられる。ビタミンB12は、睡眠障害だけでなく、脱力感、疲労感、思考力などの回復効果もみられる。ビタミンCは動物実験において大量に投与すると活性酸素などによる組織障害を減らすことが確認されており、臨床的にも微熱の頻度や程度が改善する症例が多くみられる。
 最近、ME/CFS患者において抗酸化作用が期待されているCoQ10の血液中濃度を調べたところ、健常者と比較して有意に減少していることが判明した。そこで、還元型CoQ10を150mg/日で投与したところ、血液中CoQ10の上昇とともに抑うつ症状などの臨床病態の改善が認められた(福田早苗:第8回日本疲労学会)。そこで、現在では酸化ストレス(d-ROM)が高く、抗酸化力(BAP)が低下している患者には還元型CoQ10の服用を勧めている。
また、脳ポジトロンCTを用いた研究により、ME/CFS症例ではうつ病態の有無とは関係なくセロトニン神経系の異常も伴っていることが明らかになってきており、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を投与した約1/3の症例で全身倦怠感、筋肉痛、関節痛、脱力感などの症状の改善がみられている。
なお、疲労とともに全身の強い筋肉痛、関節痛がみられる場合、線維筋痛症(Fibromyalgia)を併発していることも多い。このような場合は慢性疼痛に対する治療も必要となり、非ステロイド性鎮痛消炎剤、向精神薬、抗不安薬などを処方している。線維筋痛症の疼痛に神経系の異常興奮を抑えるプレガバリンが有効であるとの報告に基づき、線維筋痛症に対する国内第III相二重盲検比較試験および長期投与試験が実施され、2012年6月、有効性と安全性が確認されたことより保険適応が承認された。ME/CFS症例で疼痛性障害を併発している場合は、試してみる価値のある治療法であると考える。
 
その他、ME/CFS患者では睡眠障害(不眠、過眠)を伴っていることも多く、生活指導とともに睡眠導入剤、抗不安薬、漢方薬などの投与により対応している。
また、最近では和温療法が末梢循環、脳循環、免疫機能の改善につながり、ME/CFSの臨床病態の回復に有効であるという報告(鄭忠和:和温療法研究所)もなされており、現在臨床試験が進められている。
海外においては、アンプリジェンやリツキシマブなどの免疫調節剤が有効であるという報告が注目されている。現在、これらの臨床試験が進められているが、ステロイド少量投与や、免疫グロブリン大量投与などの治療も有効であったという報告もみられており、ME/CFSの病因・病態に免疫系の異常が関与している可能性は高い。

●精神科的治療…精神科における治療は、主にⅢ群・Ⅳ群の患者を対象に行う。また、ME/CFSを疑い疲労外来を受診したが、鑑別診断のところで述べた精神科的な疾病が認められ、ME/CFSから除外された患者も対象となる。治療としては、薬物療法、精神療法が中心に行われている。認知行動療法と段階的運動療法については、有効であるという報告と無効であるという報告がみられ、今後の検証が必要である。

 現在、ME/CFS診療における最大の問題点は、専門医が少なく、一般的な検査で異常がみられない場合、内科の先生に継続してみてもらえないことにある。そこで、「今後は、開業医でも容易にできる診断法を確立・普及させ、罹患が強く疑われる患者については専門病院へ繋げる医療連携の構築を、現在実施されている大阪だけでなく、東京を手始めに全国に拡大していく計画です」とのこと。
倉恒医師の一日は、ME/CFSをめぐる医療の進歩に直結している。

医師プロフィール

1988年3月 大阪大学大学院医学系研究科修了
1988年4月 大阪大学微生物病研究所助手
1992年4月 大阪大学医学部血液・腫瘍内科学助手
1993年9月 大阪大学医学部血液・腫瘍内科学講師
2001年7月 大阪大学大学院医学系研究科分子病態内科学助教授
2002年4月 関西福祉科学大学健康福祉学部教授
2002年8月 大阪市立大学医学部客員教授
2008年10月 東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授
2008年10月~2017年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授
2013年4月~ 関西福祉科学大学健康福祉学部 学部長(教授)