腹部の痛み 家庭の医学

 からだの異常を感じる症状として、腹痛はもっとも頻度の高いものの一つです。腹痛をもたらす疾患は数多いため、ひとことに腹痛といっても痛みの部位、性質、強さも実に多種多様です。特に急激な腹痛を主症状とし、緊急の外科的処置を考慮しなければならないような状態を急性腹症と呼びます。ただし、急性腹症でも数時間で自然治癒するものから、処置の遅れが致命的になるものまで、その原因疾患によって危険度はさまざまです。
 腹痛の原因とその対処を知るために、腹痛が生じるしくみから説明します。腹痛は、生じるしくみから①内臓痛、②体性痛、③関連痛の3つに大別することができます。
①内臓痛
 内臓痛は、管状の臓器(消化管、子宮、卵管など)が異常に伸展あるいは収縮することにより、または伸展・収縮時に放出される化学物質の刺激により生じます。腸閉塞の痛みや月経痛などが代表的なもので、疼痛(とうつう)部位が病変部にわりと一致していて、強弱がある間をおいた痛みが特徴です。
②体性痛
 体性痛は、出血や細菌感染、腸や腫瘍の内容物の腹腔(ふくくう)内流出などにより腹膜・腸間膜などに存在する知覚神経が刺激されて生じるもので、痛みの中心部位がやや不鮮明で持続的なのが特徴です。
③関連痛
 関連痛とは、内臓から生じた疼痛がその本来の場所でなく、体壁(皮膚、筋肉)の別の部位から生じているように感じられる痛みのことで、疼痛刺激が神経伝達される際に生じる感覚受容器の誤作動が原因です。疾患によっては特徴的な関連痛発生部位があり、疾患を鑑別するうえで役立ちます。
 いずれにせよ、疼痛への対処は疼痛刺激を与えている原因の除去であり、原因疾患に応じて内科的あるいは外科的治療がおこなわれます。
 腹痛の際に、どの診療科を受診するか悩むことはよくあると思います。
 腹痛以外の腹部臓器に由来する症状や疾患がある場合は、それに該当する診療科を受診してください。たとえば、嘔吐(おうと)・下痢・便秘・下血などの消化器症状があれば消化器内科、妊娠時・月経時あるいは不正出血のある人は産婦人科、腹部外科手術の既往がある人は外科、血尿・排尿障害があれば泌尿器科といった具合です。
 腹痛以外に特徴のある症状のない場合は、性成熟期の女性で痛みが下腹部に限局している人は産婦人科、それ以外はまず内科(特に消化器内科)を受診するのが、病気の発生頻度の点から合理的と思われます。

■産婦人科の病気が原因で生じる腹痛
□女性一般に生じるもの
 卵巣出血、付属器炎、急性子宮内膜炎、そしてこれに続発する骨盤腹膜炎は性成熟期の女性に多い疾患ですが、閉経(へいけい)後の女性にも起こりえます。
 また、卵巣(らんそう)腫瘍による腹痛、特に腫瘍の茎捻転(けいねんてん)・破裂による急性腹症はどの世代にも発症します。
 子宮頸(けい)がん子宮体がんという悪性病変でも、一定程度進行すれば腹痛が主症状となることがあります。

□妊娠時
 妊娠初期には異所性(子宮外)妊娠、進行流産、切迫流産、稽留流産が、妊娠後期には切迫早産が代表的な疾患です。常位胎盤早期剥離(はくり)子宮破裂という重い疾患もまれながら存在します。妊娠時の持続時間が長い腹痛は緊急性が高いので、すぐ産婦人科を受診してください。

□性成熟期
 月経痛は女性一般に多くみられる症状ですが、日常生活に支障をきたすほど症状が強いものを月経困難症と呼びます。
 月経困難症には子宮や卵巣に特別な異常がなく、成長とともに、あるいは妊娠・分娩(ぶんべん)によって軽快するもの(機能性月経困難症)もありますが、子宮内膜症子宮筋腫の症状(器質性月経困難症)であることも多々あります。子宮内膜症や子宮筋腫はともに頻度の高い疾患で、進行すると月経に関係なく下腹痛を生じて、慢性骨盤痛へと移行することがあります。
 また、排卵期に特有なものとして排卵期痛が、黄体(おうたい)期(排卵後)に特有なものとして黄体出血(卵巣出血)がありますが、排卵後黄体期の性交渉のあとに生じることが多いという特徴があります。

□閉経後
 閉経後は月経・排卵などの現象がなくなるので、婦人科疾患による腹痛の頻度は減少します。閉経後の女性に腹痛をきたす疾患としては、子宮留膿(りゅうのう)症と子宮体がん、卵巣がんが重要ですが、いずれの場合も帯下(たいげ:おりもの)の増量、不正出血などの症状を伴うことが多いようです。

(執筆・監修:東京大学大学院医学系研究科 准教授〔分子細胞生殖医学〕 平池 修)