工業用品中毒〔こうぎょうようひんちゅうどく〕 家庭の医学

 灯油、モーターオイル、ガソリンなどの炭化水素や、酸・アルカリ、各種塗料に加えて、メタノールなどによる中毒の報告がみられます。
 一般的に、むりに吐かせたりせず、ただちに医療機関への受診が望ましい起因物質です。医薬品や農薬と異なり、胃内に残留する起因物質を回収する胃洗浄は禁忌です。またメタノールなど、一部の起因物質を除いて、特異的な治療薬はなく、誤嚥(ごえん)の予防、気道・呼吸管理、合併症対策が治療の中心となります。
 乳幼児や高齢者が、誤って口にしないように、保管方法・保管場所に気を配る必要があります。特にペットボトルや通常のコップなどに入れて保管することは、絶対にしてはいけません。

□灯油・ガソリン
 むりに吐かせたりせず、ただちに医療機関へ受診します。灯油やガソリンなどは、100mL以下では、誤飲するだけなら、下痢や腹痛などの消化器症状でおさまることがほとんどです。しかし、低粘性で揮発性が高いため、気道に誤嚥されやすく、少量でも、一度気道内に入ると、致命的な肺炎を生じ、人工呼吸管理などの、集中治療を要する危険性があります。

□酸・アルカリ
 酸・アルカリは、生体組織に対して、酸は凝固壊死、アルカリは融解壊死をきたします。そのため、経口摂取した場合は、口腔粘膜から食道、胃、その他消化管粘膜に損傷を与えます。石油製剤同様、現場で吐かせたり、医療機関で胃洗浄をしたりすることはやってはいけません。
 家庭ではまず牛乳または、卵の白身1個をコップ1杯くらいの水で溶いた卵白水を飲ませます。成人は240mL、小児は120mLを超えない適量をむりなく飲ませ、嘔吐しないように、粘膜保護をおこないます。その後、飲んだ内容がわかるものを持参のうえで医療機関に受診します。

□メタノール
 メタノールは、樹脂や接着剤の材料、病理組織の固定液であるホルマリンの材料、またアルコールランプの燃料として用いられます。歴史的には、エタノールに替わる密造酒として国内でも国外でも、“飲酒”された事例が相次ぎましたが、毒性作用としてメタノールの分解産物であるギ酸が体内環境を酸性に傾け(代謝性アシドーシス)、また特異的に網膜や視神経に傷害を与えて、失明をひき起こすため、数々の悲劇的な事件が報告されています。
 万が一、飲み込んでしまった場合は、すみやかに医療機関を受診します。医療機関では、メタノールの毒性を考慮した治療をおこないます。具体的には、アルコール分解酵素と親和性がメタノールよりも強力なエタノール(通常の飲用アルコール)やホメピゾールを投与し、メタノールの体内での分解を防ぎ、尿中排泄(はいせつ)をうながします。血液透析も有効です。

□エタノール消毒液
 2020年国際的に拡大を見せた新型コロナウイルス感染症のまん延により、手指消毒の重要性が報告され、全世界的に70%エタノール手指消毒剤が普及したことはご周知のとおりです。それと同時に目に入ったり、誤飲したりする事故もふえてきています。手指消毒剤はエタノールに加えて、ベンザルコニウム塩化物(第4級アンモニウム化合物)およびクロルヘキシジンなどを含有していますが、成人では300~500mLの大量を飲まないかぎり、あまり毒性は高くはありません。しかし、海外では手指消毒剤の一部に上述のメタノールを含有している製品もあったため、メタノール中毒としての報告例が相次ぎました。乳幼児が誤って飲まないように置き場所には注意を払う必要があります。

(執筆・監修:筑波大学附属病院救急・集中治療科 教授 井上 貴昭)