脳卒中のリハビリテーション 家庭の医学

 脳卒中は、リハビリテーションが対象となる疾患の代表です。それは症例数が多いということにあわせ、脳卒中がリハビリテーションのよい適応であるという理由によります。
 典型的な症状としては、運動まひがあり、そのほかにも運動失調、感覚障害、失行、失認、構音障害、失語、嚥下(えんげ)障害など、さまざまな症状がみられると同時に、関節の拘縮(こうしゅく)、廃用症候群といった2次的合併症もみられます。
 それら脳卒中によって生じる、多様な機能障害の影響を可能なかぎり小さくし、低下した能力を向上させることが、脳卒中におけるリハビリテーションの目的となります。

 2008(平成20)年度に厚生労働省より、医療の効率的な提供の推進に関する施策が明示されました。そのなかで、地域内での各医療機関の役割の明瞭化、連携の強化に関する新たな医療計画が開始され、その方策の一つに、地域完結型医療の実現に向けたすべての医療機関で共有できる診療情報として、脳卒中地域連携クリニカルパスの導入がすすめられ、多くの医療機関が用いるようになってきています。
 一般に脳卒中におけるリハビリテーションは、急性期、回復期、維持期に大きく分けられ、そのなかで維持期のリハビリテーションは、回復期のリハビリテーションにより獲得した能力を可能なかぎり長期に維持するために、実施されるものであり、家庭や施設での地域リハビリテーションは、まさにこの維持期におこなわれるリハビリテーションとなります。この時期には、健康管理や自立生活の支援、介護負担の軽減により、患者や家族が安定した日常生活を送ることができるよう支援する目的で、地域リハビリテーションの一環として、家庭や施設でさまざまなサービスが提供されます。
 制度上で受けられる維持期のリハビリテーションサービスとしては、在宅では、「外来通院によるリハビリテーション」「診療所、病院、介護老人保健施設、リハビリテーションセンターでの通所リハビリテーション」「診療所・病院からの訪問リハビリテーション」「訪問看護ステーションからの訪問リハビリテーション」「介護療養型医療施設、介護医療院、介護老人保健施設における短期入所中のリハビリテーション」が、施設では「介護療養型医療施設、介護医療院、介護老人保健施設でのリハビリテーション」などがあります。
 それらのサービスを利用しつつ、回復期に取り戻した機能の低下を防ぐためにも維持期においては、医師の定期診察を受けつつ、在宅リハビリテーションを適切に続けていくことが重要となります。また、家庭での生活を望むのであれば、早くからその環境にあわせた動作の練習が有効です。長く入院していると、その分自宅での生活に適応しにくくなります。

■発症直後
 脳血管障害では突然意識が不鮮明となり、手足がまひして立ち上がれなくなったり呂律(ろれつ)が回らなくなったりします。ただちに適切な処置のできる病院に運ぶことが必要です。

■急性期の注意点
 安静を必要とする時期には、ベッドでの寝かせかたに注意します。これは自宅で寝かせておくときにも共通するものです。褥瘡(じょくそう:床ずれ)を予防するためには、定期的に(2時間おきが望ましい)寝ている姿勢を変える必要があります。側臥位(そくがい:からだの左右どちらかを下にして横になること)にするときは、まひしている側が上になるようにします。

 まひが軽く、意識も正常なら自分で自由に寝返りしてかまいません。褥瘡の最大の原因は、長時間同じ部位に圧迫が加わることです。すこしずつでも姿勢をまめに変えていれば予防は可能です。また、日に1回、からだをふいてあげる(清拭〈せいしき〉)際などには、背骨下部の仙骨部や、ももの付け根の大転子部など、骨の出っぱっている部分の皮膚が、圧迫されて赤くなっていないかよく確認します。褥瘡防止用の特殊マットレスや、ベッドを利用することも褥瘡予防には効果的です。
 次に、まひした手足の関節を介助者が動かし、拘縮(こうしゅく)を予防します。すべての関節について、その関節の正常な可動域にわたって、日に3~5回ゆっくりと動かします。

 肩関節は複雑な関節で、五十肩のように炎症を生じやすいので、可動域訓練は、正常の5~6割までにとどめたほうが無難です。健常な側については、自分で動かすように指導します。これは、長く寝ている間に、健常な側の筋肉がおとろえるのを防ぐためにも必要です。関節を動かすと痛みのある場合には、その部分をあたためておいてからおこなうようにします。あたためるやりかたとしては、蒸しタオルをさらにタオルにくるんで当てる方法が便利です。

■離床時の注意点
 寝たきりを予防し、まひの回復を早めるためにも、全身状態が許せばできるだけ早くベッドから離れること(早期離床)を目指していきます。
 ベッドが3つ折りになって、電動で座位姿勢をとらせることのできるベッドを用いて、はじめは30°前後上半身を起こし、血圧と脈拍に変化のないことを確認し、30分ずつをめやすにして徐々に90°に近づけていきます。患者の意識に変化のないこと、顔いろや気分などその他の全身状態に変化のないことを確認しながら、徐々に座位姿勢に近づけます。
 寝返りや自分で起き上がって座るやりかたには、柵を利用するなどいろいろありますが、訓練としては健常な手足を用いて図のようにおこないます。

 ベッドを使っている場合には、ベッドの横に腰掛けて、足の裏をぴったりと床につけて座る練習をします。畳での生活も利点は多いのですが、立ち上がって歩くという点では、ベッドを利用したほうがはるかに便利です。畳での生活の場合、座ったまま移動することも練習します。同じように座った姿勢から、よつんばいの姿勢やひざ立ち姿勢をとり、5~10秒間、保つ練習をします。

 ひざ立ち姿勢が安定してきたら、次は床から立ち上がる練習をします。健常な側のそばに机や椅子など、支えになるものがあればそれを利用します。支えがなくてもこつを覚えれば立ち上がれるようになりますが、はじめのうちは、横にいて立ち上がりを介助してあげることが必要です。
 また、日中は椅子に腰掛けているほうが、寝て過ごすよりからだによいので、床から椅子に腰掛ける方法も練習します。

 食事など上肢を使用する動作においては、座る際の姿勢をととのえること(ポジショニング)は、非常に重要となります。そのため必要に応じて座った姿勢での臀部の位置、まひ側のわきや臀部に、タオルやクッションを差し込んだり、机やテーブルの高さを調整したり、まひ側上肢の位置を調整するなど、座るときのバランスの改善に、気を配ることが大切です。
 家の中で歩くときには、手すりや壁伝いに歩くのが安全ですが、戸外では杖を使った歩きかたの練習も必要です。
 寝たきりになる原因としては、骨折の原因となる転倒が最大のものです。寝たきりのきっかけになる転倒は、家の中で起こることが多いので、室内の環境整備を心掛けることが大切です。転んで骨折すると必ず寝たきりになるわけではなく、適切な治療を受ければ、ふたたび歩けるようになります。転ぶことを心配して歩くことをやめてしまうと、骨折する前から寝たきりになります。寝たきりでも着替えの介助やおむつ交換などで、骨折する危険はあります。寝たきりのため、よけいに骨がもろくなっているからです。
 歩行練習とあわせて、身のまわりの生活動作は、できるだけ自分でできるように練習します。衣服は着替えやすいものを選び、食事には自助具を利用し、トイレは洋式便器や自動洗浄器の利用が便利です。入浴で、浴槽に出入りする動作は、工夫により自分でできる例があります。しかし、全身浴は体力を消耗しますので、まひの軽い人でも、血圧や脈拍や息切れなど全身状態に注意します。シャワー椅子を利用してのシャワー浴が比較的安全です。

■日常生活の注意点
 脳血管障害の重症度はさまざまです。診断技術の進歩した現代では、まひもないのに知らない間に、脳梗塞を生じている人が多数みつかるようになりました。したがって、特別に専門的なリハビリテーションを受けなくても、日常生活動作(ADL:activities of daily living)を自立しておこなえる程度に回復する例も多数あります。機能回復の希望を捨てず、毎日訓練を継続することは大切ですが、機能回復の点では、日常生活の動作を自分で実行することがもっとも有効です。できるだけ早く自宅に帰るようにして、地域の機能訓練事業やデイサービスを利用しながら、自宅での生活環境に慣れることが大切です。
 訓練のための人生ではなく、自分の能力を最大限に生かして楽しく充実した生活を目標にして、積極的に社会参加するよう心掛けたいものです。そのためには家族がそれぞれの立場から援助することが必要になります。その最大のものは、患者さんの立場を尊重し、患者さんの役割を見いだし、孤立しないように見守ることです。患者といえども、もはや病人ではありません。
 重症で歩けない人や、ことばの不自由な人もいます。しかし、意思の疎通、すなわちコミュニケーションは、ことばだけで成り立つものではありません。ふだん親しく接することで、わずかな発語と、表情や身ぶりや目の色、その場の状況に応じた全身の雰囲気の大切さに気づくはずです。ことばだけを信じている人より、はるかに鋭敏に人間としてのコミュニケーションが成り立ちます。

(執筆・監修:帝京大学医学部リハビリテーション医学講座 准教授 中原 康雄)
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