筋委縮性側索硬化症(ALS)は長年、診断は付いても治療ができない難病であったが、病態や原因遺伝子が解明されつつあり、治療薬の開発が進んでいる。ケイファーマは本日(6月21日の世界ALSデーに先立ち、対談会を6月12日に実施。慶應義塾大学教授/同大再生医療リサーチセンターセンター長の岡野栄之氏は、ALS治療薬の開発状況と人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いたALS創薬について紹介した(関連記事「ALSに既存薬が効く可能性―iPS細胞研究」「注目高まるALS治験の最新動向を解説」)。孤発性ALS治療薬に対しては、ドラッグリポジショニング戦略として、パーキンソン病治療薬のロピニロールによる第Ⅲ相試験が計画されている。

国内の承認薬は2剤のみ

 日本で承認されているALS治療薬は、リルゾールとエダラボンの2種類である。リルゾールはグルタミン酸拮抗薬で、生存期間を約90日延長することが示されているものの、症状の進行に対する抑制効果は明確でない。また、エダラボンはフリーラジカル除去薬で、軽症ALS患者のALSの疾患特異的重症度スケールALSFRS-Rを2.5点程度改善させることが報告されているものの、症状の改善/回復効果は認められていない。

 そうした中、近年注目されているのが核酸医薬の開発である。ALSの5~10%は家族性ALSとされ、発症に関連する原因遺伝子として1993年にSOD1が同定されたのを皮切りに、ALS関連分子としてTDP-43が、原因遺伝子としてFUSOPTNC9ORF72などが明らかになった。現在、これらの原因遺伝子を標的とした治療薬開発が進んでいる

 岡野氏は「がん領域ではがん遺伝子の同定後、一定の期間を置いて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の開発が一気に進んだ。ALSはがん領域に20~30年遅れて同様の状況に至ると考えられる」と述べた。

 核酸医薬は、SOD1遺伝子変異を有するALSの治療薬としてアンチセンスオリゴヌクレオチド(AON)のtofersenが今年(2024年)5月に承認申請された他、同じくAONのjacifusen(ION363)についてもFUS遺伝子変異を有するALS患者を対象とした治験(第Ⅰ~Ⅲ相FUSION試験)が今年6月に開始される見込みだ。

ALS患者由来のiPS細胞で創薬スクリーニングを実施

 一方、孤発性ALSに対してはドラッグリポジショニングによる治療薬の探索が進んでいる。今年1月には、末梢神経障害治療薬メコバラミンの高用量製剤がALSへの適応拡大を申請した。岡野栄之氏らは、ALS患者から作製したiPS細胞を脊髄運動ニューロンに誘導(以下、患者由来iPS-運動ニューロン)。既存薬ライブラリーから抽出した候補化合物を投与し、効果を判定したところ、パーキンソン病治療薬ロピニロールをALS治療薬候補として同定した。

 この結果を基に同氏らは、第Ⅰ/Ⅱa相医師主導治験ROPALSを実施。医薬品医療機器総合機構(PMDA)の認可が得られ、従来よりも早く治験に移行できたという。同氏はその理由として、①遺伝子改変マウスではALSの病態を十分に再現したモデルが存在しない、②iPS細胞でALSの表現系を忠実に再現できた、③既存薬で安全性が認められている―ことを挙げた。

ALSFRS-Rの低下幅を抑制、呼吸機能障害に至る時間を延長

 ROPALS試験では、孤発性ALS患者20例をロピニロール群(13例)とプラセボ群(7例)に割り付け、前半24週間(二重盲検期)と後半24週間(治療継続期間:全例にロピニロールを投与)に分けて反応性を評価。その結果、全例で最大用量(16mg)を投与でき、安全性および忍容性が確認できた。また、48週時におけるALSFRS-Rスコアのベースラインからの低下幅は、プラセボ群と比べロピニロール群で小さかった。さらに、48週後の病勢進行が27.9週間遅延した他、呼吸機能障害に至るまでの期間も約2倍に延長した。

 同試験では、医師主導治験と並行してALSの病態解明のためリバーストランスレーショナルリサーチも実施。全対象の患者由来iPS-運動ニューロンに対するロピニロールの効果を検討した。その結果、患者由来iPS-運動ニューロンでロピニロールの反応性が強い例で臨床試験における効果が高いことが示された。すなわち、患者由来iPS-運動ニューロンが患者自身の治療反応性を規定し、薬剤の効果予測マーカーとなりうる可能性が示唆された。

 また、コレステロール関連酵素は、健常人と比べて患者由来iPS-運動ニューロンで多く、ロピニロール反応群で多かった。このことは、ロピニロールは神経細胞内のコレステロール合成経路の制御を介し、ALS治療効果を発揮している可能性があるという。同氏は「ただし、脊髄運動ニューロンにおけるコレステロール合成と血中コレステロールとの関連は不明だ」と注意を促した。

第Ⅲ相試験では100例の登録目指す

 現在、岡野氏らはロピニロールの第Ⅲ相試験を計画しており、100例程度の症例登録を目指す予定だという。リバーストランスレーショナルリサーチも並行して実施し、ロピニロールの作用機序と効果の個別化解析、三次元オルガノイドモデルを用いた立体解析、人工知能(AI)または自然言語モデルを用いたバイオインフォマティクス解析に加えて、対象となるALS患者を層別化し、至適療法の開発を行う予定だという。

 最後に同氏は「iPS細胞技術はゲノム編集やオルガノイド、シングルセルRNAシークエンサーなどさまざまな技術との親和性が高く、これらを用いることで、疾患の病態解明がより深く、精密にできるようになってきている」と説明。その上で、「ALS治療薬においてもドラッグロスが課題だが、海外企業が開発した治療薬を国内に流通させる環境整備では、円安の影響もあり患者負担が大きい。国内開発ができるよう産学連携で取り組むとともに、行政レベルで新薬を早期に承認できる環境を整備することも重要だ」と呼びかけた。

(植松玲奈)