近年、緩和ケアの一環として、積極的安楽死や医師による自殺幇助(患者が自身で投与できる薬剤を医師が提供することで自殺を助ける)を許容する国が増加している。日本は先進国の中で最も高齢化が進んでおり、高齢認知症患者への緩和ケアの必要性は指摘されているが、これらの行為について公然と議論することには慎重である。東京大学大学院医療倫理学准教授の瀧本禎之氏と東京ベイ・浦安市川医療センター(千葉県)救急集中治療科の鍋島正慶氏は、オンラインの質問票を用いて日本の医師と一般市民の積極的安楽死および医師による自殺幇助に対する意識調査を実施。一般市民の30%がこれらの行為を支持したことに加え、医師の支持率も明らかになったとBMC Med Ethics(2025; 26: 7)に報告した。
具体的な症例を提示して安楽死を支持するかを問う
一般市民への調査では、マーケティングリサーチ会社に登録している成人から日本全体の年齢・性の分布に近くなるよう1,200人を選出し、457人(回答率38% 男性割合49%)から回答を得た。回答者の年齢は20~60歳代と幅広く、58%が既婚、50%が子供を持っていた。また、11%が疾患の治療中で、21%が介護経験を有していた。
医師への調査では、日本プライマリ・ケア連合学会に所属する一般医5,892人と日本集中治療医学会に所属する集中治療専門医3,280人に対し、学会の電子メールリストを通じて調査への参加を依頼。284人(回答率3%、男性割合73%)から回答を得た。職務年数は19年以上が最多の35%、11~18年が33%とベテラン医師が多かった。79%が既婚で65%が子供を持っており、16%に治療中の疾患があり、17%で介護経験があった。
質問票では症例の提示を行い、市民と医師のいずれにも「自分が提示症例の主治医の場合に、どのような行動を取るか」を尋ねた。市民と医師で調査内容の一貫性を担保するため、症例の詳細な医療情報は含めず、事前調査に回答した医師、看護師、コメディカルからのフィードバックに基づく修正を行った。質問はランダムに提示し、前の質問への回答が後の質問に影響を与えないよう配慮した。
医師の支持はわずか1~2%
積極的安楽死を支持した医師は2%のみだったが、一般市民は33%で、両者の意識に有意差が認められた(P<0.001)。同様に、医師による自殺幇助を支持した医師は1%のみだったが、一般市民は34%で、有意な差を認めた(P<0.001)。
一般市民において、年齢、婚姻状況、子供の有無、介護経験、病気の有無といった要因は、積極的安楽死および医師による自殺幇助の支持に有意な影響を与えなかった。一方、男性は女性に比べ医師による自殺幇助助を支持する傾向が有意に高かった(オッズ比 1.64、P=0.02)。
意識ギャップ解消のための率直な議論が必要
今回の研究で提示した症例は、「終末期の病状」や「患者・家族の同意」など、安楽死が合法とされる国における実施基準を満たしている。それにもかかわらず、ほとんどの医師が積極的安楽死や医師による自殺幇助に否定的であった。
欧米の医師を対象に行われた同様の調査では、30~54%が医師による自殺幇助を支持していた。同調査では症例提示をしておらず、「倫理的観点」から質問している点で今回の調査と異なるが、瀧本・鍋島の両氏は、その点を考慮しても「日本の医師の意識は欧米の医師と顕著に異なる」と指摘している。
この否定的態度の背景要因として、両氏は①法的リスクに対する強い懸念、②提示症例に対し法的に許容できる条件を完全に満たしていないと判断する(例えば、書面による意思表示や第三者の医師による確認)、③日本の医師は欧米よりも父権主義的で「善行の原則」と「無害の原則」を重視するため治療中止に対して否定的である-の3点を推察している。
日本の一般市民における積極的安楽死と医師による自殺幇助に対する支持率は30%と、医師と比べはるかに高かった。しかし、韓国における調査では、欧米並みに75%の市民がこれらの行為を支持していたのと比べ、まだまだ低い。
これらの結果と考察を踏まえ、両氏は「医師と一般市民との間の意識のギャップは、医療現場で問題となる恐れがあり、仏教的な死生観や日本文化における家族中心主義の影響なども考慮した率直な議論が必要であろう」と結論している。
(医学ライター・小路浩史)