研修医こーたの出来たてクリニック

医療は賢く選択されている?
無駄な検査・処置の末に待つのは…

 皆さんは「choosing wisely(チュージングワイズリー)」という言葉を知っているでしょうか。日本語に訳すと「賢く選択する」。任意団体「Choosing Wisely Japan」は公式サイトで、Choosing Wiselyとは「医療者と患者が、対話を通じて、科学的な裏付け(エビデンス)があり、患者にとって真に必要で、かつ副作用の少ない医療(検査や治療や処置)の“賢明な選択”をめざす、国際的なキャンペーンです」と説明しています。

聖路加国際病院附属クリニック聖路加メディローカスが導入したMRI(2012年10月、東京都千代田区)【時事】=イメージ、記事とは関係ありません

聖路加国際病院附属クリニック聖路加メディローカスが導入したMRI(2012年10月、東京都千代田区)【時事】=イメージ、記事とは関係ありません

 ◇科学的裏付けはあるのか

 日本では2015年に医療者と患者双方が考え直すべき検査や処置に関する指針が「5つのリスト」として総合診療指導医コンソーシアムによって発表されました。

 その一つに「健康で無症状の人々に対してのMRI(磁気共鳴断層画像)による脳ドック検査を推奨しない」という指針があります。推奨しない理由は、健康で無症状な人に対してMRI検査をしても、予後の改善につながる科学的裏付けがないからです。

 しかし日本では、このキャンペーンに逆行するかのようなことが横行しています。都営バス運転手に対してMRI検査を義務化した東京都の政策は、その最たる例です。

 ◇都営バス運転手への脳ドック

 義務化の背景となったのは、全国的なバス事故の頻発でした。

 2018年10月に横浜の国道で神奈川中央交通のバスが信号待ちをしていた乗用車と市営バスに衝突した事故など、バス運転手が運転中に意識を失う事例が全国各地で相次いで発生。これを受けて東京都は都営バスの全運転者2000人を対象に、3年に1回の脳ドック受診費用の全額補助を開始しました。

 しかし脳ドックが事故防止に効率的であるとは言えません。確かに脳ドックは、意識消失を起こしうる、くも膜下出血の原因となる動脈瘤(りゅう)の早期発見にはつながります。しかし、意識消失の原因はさまざまで、睡眠時無呼吸症候群やてんかんなどもあります。脳ドックではこれらの診断はできません。

 横浜の事故も睡眠時無呼吸症候群が原因だったようです。多額の税金を投入していますが、果たしてそれに見合った件数の事故が防げているのか、試算はしっかり行われたのか、と疑問が残ります。

米国にあるノバルティスファーマの製造施設で、がん治療薬「キムリア」の製造に当たる担当者ら=2015年7月[ノバルティスファーマ提供]【時事】

米国にあるノバルティスファーマの製造施設で、がん治療薬「キムリア」の製造に当たる担当者ら=2015年7月[ノバルティスファーマ提供]【時事】

 ◇どこかにしわ寄せが…

 命はお金に代えれないし、より安全な方がよいから、たとえ効率的な検査でなくてもとりあえずやっておいた方がいいじゃないか、と考えられる方もいるかと思われます。しかし皆さんご存じの通り、「無駄なことが行われると、代わりに本当に必要なところにお金が渡らない」のです。

 医療にかかる費用が増加している今、医療とお金を切り離して考えることは難しくなっています。そのため科学的な裏付けに基づいて、限りある費用を賢く配分していくことの必要性は、今後ますます高くなっていくと考えられます。国民全体で危機感を持つべきです。

 白血病やリンパ腫の患者に対する新治療薬「キムリア」(国内販売価格3349万円)が保険適用されました。保険適用薬では最高額なことを背景に市販薬と同一成分を含む医薬品への保険給付の見直しといった給付範囲の再検討も政府内で進められています。これは医療界全体を巻き込んだ「賢明な選択」の話ですが、医療を提供する私自身も、むやみやたらと検査や治療をせず、患者さんに持続可能な医療を提供できるよう、賢く選択できるだけの診療力をつけていきたいです。(研修医・渡邉昂汰)

参考文献 “Choosing Wisely Japan"2019年5月3日アクセス


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