Dr.純子のメディカルサロン

「デコパウチ」に託すオストメイトの思い
~アートで照らす人工肛門の日常~

 「ストーマ」という言葉をご存じですか?

 ギリシャ語で「口」という意味のストーマは、事故やさまざまな病気のために排せつが困難になった人のおなかに設ける人工のぼうこうや肛門のことで、ストーマを造設した人は「オストメイト」と呼ばれています。

 2019年に取材した同時通訳者で英語発音デザイナーの中島小百合さん。結婚後の健診で子宮内膜症が見つかり、腸に癒着していたため、12時間に及ぶ手術を受けて人工肛門を造設しました。「そろそろ子どもを」と思っていた中でオストメイトになったショックは、想像を超えるものがあると思います。前回の記事は大きな反響を呼びました。

 あれから3年、新型コロナの感染拡大の中で、中島さんはオストメイトの仲間と共に、暗い時代を少しでも明るく生きられるよう、ある活動をスタートしました。

(聞き手・文 海原純子)


ストーマに装着するパウチを手にする中島小百合さん

 ◇ストーマのパウチを「アートする」

 海原 ユリさん、よろしくお願い致します。ユリさんとはオンラインでは月1回、心をポジティブにするヒントをテーマにYouTube配信をご一緒にさせていただいています。その中でユリさんから、ストーマに装着する袋(パウチ)をアートする「デコパウチ」という活動をお聞きしました。活動は静かな広がりで進んでいるそうですね。

 中島 デコパウチはオストメイトがおなかにつけているパウチに絵を描いたり、シールを貼ったり、カバーを掛けたりしてデコレーションをする活動で、変わってしまった自分の体とポジティブに向き合う方法として始めました。

 デコパウチには三つの目的があります。一つめは、アートを通して当事者の心と体に寄り添うことです。オストメイトであることをつらいと感じるのは、お風呂やトイレや着替えの時など、自分のおなかにパウチと呼ばれる大きな茶色の袋が貼り付いた現実を直視する時です。

 他の人と変わらず仕事や生活をできても、「やっぱり自分は内部障害者なんだ」「普通の体じゃないんだ」と思うのが悲しくて。しょんぼりせずに日々を過ごせる方法を探すうち、ふとパウチにマジックで絵を描いてみたんです。

中島小百合さんの初めての作品

 海原 確かにそうですよね。ストーマという言葉を知らない方が多く、「人工肛門である」と言わなければ理解してもらえない状況は、若い女性など特につらいと思います。

 中島 医学用語とはいえ、認知症、統合失調症と同じようにストーマという言葉の認知度が上がり、当事者が人工肛門という単語を口にしなくても伝わる世の中になってほしいと願っています。

 物や人を示す呼び名が、無意識のうちに当事者の自己肯定感を下げるようなものであってほしくないです。今でも地方自治体に提出する書類では、このパウチが「蓄便袋」と表記されます。そんな悲しい呼び方をされるたび、自分が汚いものとして扱われているような気持ちになります。

 海原 「蓄便袋」というのは、確かに、それはそうですけど、つらいですね。

ストーマ装具メーカーの情報誌の表紙を飾ったデコパウチアーチスト、いしわたりさわこさん

 ◇描くことで明るい気持ちに

 中島 どのメーカーの装具にも当事者への細やかな気遣いがあり、肌色やグレーの不織布などを貼ったパウチも出ています。ただ、そこに絵を描いたり、シールを貼ったりすると、だんだん楽しくなって。誰に見せるわけでもないんですが、赤い油性マジックで小さな「❤(ハートマーク)」を描くだけで、そのデコパウチを着けた自分の心が少し明るくなることに気付きました。パウチにひと手間かけることで、自分の体も大事にしているような気持ちが湧きます。

 自分の体が大きく変わってしまったという心の痛みを相談できる専門家が、日本には少ないように感じます。アピアランスケアという言葉が徐々に浸透してきましたが、内部障害者も自分の見た目の変化に心が追い付かない場合があります。心と体のセルフケアの一環として、デコパウチを活用しています。

 海原 絵を描くというのは心の表現手段になりますね。言葉で十分に感情を伝えられない時、絵を描くことで感情を表現できるものです。それに加えて、絵を描くということに集中していることでネガティブ思考に落ち込むのを防ぐこともできます。自分の感情を表現し、出来ることに集中することは、心理学の分野で「ユーダイモニア」という幸福感を生むとされています。

いしわたりさんのカラフルなデコパウチ

 ◇デコパウチが結んだ縁

 中島 デコパウチの二つめの目的は、作品を通して人と人とを結ぶことです。デコパウチの最初の目的は当事者(私)の気持ちを明るくすることでしたが、それが変わったのは去年、SNS(インターネット交流サイト)にデコパウチの写真を載せた時です。「こんなの作ってみたよ」と、ご自身のデコパウチを投稿してくださった、いしわたりさわこさんとの出会いは特に大きく、デコパウチが縁を結んでくれた瞬間でした。

 海原 とてもきれいですね。色使いも楽しい。

 中島 さわこさんはカードにオリジナルのスタンプを押したり、すてきなギフトラッピング作品を作ったりする多才な女性です。ご自身のクラフト技術を生かした一点物のデコパウチをSNSで投稿しています。オストメイトの彼女とデコパウチをきっかけに意気投合して、今では「赤毛のアン」のbosom friend(腹心の友)のような、かけがえのない絆になりました。

いしわたりさんの人気作。ウサギがいっぱい

 海原 昨年末にデンマーク大使館でのイベントもあったんですね。

 中島 はい。大使館で行われたイベントからお招きを受け、「デコパウチへのお誘い」というプレゼンテーションをしました。実際に会場の皆さんがデコパウチに挑戦できるブースを設営し、小児オストメイトの子とも一緒にデコパウチを楽しみました。

 これがデコパウチの三つめの目的、オストメイトという存在の周知啓発です。UC(潰瘍性大腸炎)やクローン病で闘病中の若い世代に、QOL(生活の質)を上げるための手段としてオストメイトになるという選択肢があることや、オストメイトになっても仕事はできるし、幸せな恋愛や結婚ももちろんできることを伝えたくても、オストメイトは服をめくっておなかを見せない限り興味を持ってもらえません。

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