Dr.純子のメディカルサロン

ノーベル経済学賞の米教授と男女格差
~影響及ぼす親世代の意識~

 今年のノーベル経済学賞は、労働市場における男女格差の原因についての研究が評価された米ハーバード大のクラウディア・ゴールディン教授が選ばれました。受賞後の記者会見で、同教授は日本の労働市場についても触れ、日本では10~15年前に比べ働く女性が著しく増えているものの、フルタイムで昇進機会もある正社員ではなくパートなどの短時間労働が多いと指摘し、真の意味での女性の社会参画は進んでいないと述べています。そしてその背景には、妻が子育てや介護に、夫が職場に多くの時間を割くという、いわゆる「男は外、女は内」という決断をする傾向があり、これが男女のキャリアや収入に影響を与えていると分析しています。

 さらにゴールディン氏は「(現役世代である)息子の考え方を支配している年配の人を教育する必要がある」と説明し、「米国は長い時間をかけ変化を体験し、各世代が新しい世代のもたらしたものに慣れた。だが、日本はあまり適応できていない」と述べ、日本社会が女性の働き方の変化に追い付いていないとの見方を示しました。

(文 海原純子)
勤務先に向かう女性(イメージ)

勤務先に向かう女性(イメージ)

 ◇働く女性増えたが、賃金・昇進は見劣り

 2021年の日本の女性就業者数は3002万人で、12年に比べ344万人増加。結婚・出産期に当たる年代に労働力率がいったん低下し、その後再び上昇する「M字カーブ」も改善傾向にあります。その一方、内閣府の「男女共同参画白書」によると、男女賃金の格差(20年)は、男性の労働者を100とすると女性は77.5で、経済協力開発機構(OECD)の加盟国平均(88.4)を大きく下回ります。また管理職に就く女性は少なく、家庭を持つと家事・育児に関しては女性の負担が男性より重い傾向があるといえます。賃金の上昇や昇進の機会が男性に比べ少なく、仕事に対するモチベーションが低下して継続就労の妨げとなる場合もしばしばです。

 ゴールディン教授が指摘した世代間の考えの差は、働く女性たちから聞く悩みであり、親や義理の両親の世代との意識の違いや、都会と地方の男女役割分担意識の格差が、現役世代の働く女性たちのストレスになったり、働き方に影響を与えたりしているといえるでしょう。

 ◇母親に逆らえない男性多い

 例えば、首都圏で働く30代の独身のキャリア女性が地方にある実家に帰省すると、両親から「早く結婚しないとみっともない」と言われてプレッシャーになるので、なるべく帰省したくないというケースがあります。夫が子育てや家事を手伝っているのを見て「仕事で疲れているのに家事を手伝わせている。それは女性の仕事」と義理の母親から小言を言われ、「自分もフルタイムで働いている」と反論したいけれど、我慢してストレスを感じている女性もいます。

 こうした場合は夫が母親の言葉に影響されなければいいのですが、残念ながら逆らえずに母親の意見に従うことがしばしばで、これが家庭内の不協和音になることも少なくありません。「子どもが小さいうちは母親は育児に専念するべきだ」「子どもを預けて働くなんてとんでもない」という義理の母親の意見に従い、「まるで昭和」と不本意ながらも、仕事の継続を諦める女性もいるのです。

 一方、子育てで仕事を中断・復帰後に現場に付いていけず、正社員を断念して自己肯定感が低下したりストレスを感じたりする女性もいます。このように、世代間の意識の差は女性の継続就労やキャリアアップに影響を与えている可能性があるといえます。

仕事と家庭の両立に苦労する女性医師(イメージ)

仕事と家庭の両立に苦労する女性医師(イメージ)

 ◇「仕事と家庭」で医師対象に調査

 では、女性医師の場合はどうなのでしょうか。筆者は女性医師の継続就労を可能にする要因の調査を2015年から3年間にわたり調査しました(2015年度採択科学研究費助成事業基盤研究C)。

 調査は「働く女性」としての女性医師のワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の両立への葛藤)を明らかにすることが目的であり、それを基にして支援の在り方を探るというものです。大学病院など病院に勤務する20~70代の男女の医師100人にアンケート調査を行い、ワーク・ファミリー・コンフリクトや家事・育児・介護の負担感、「男は外、女は内」という考えをどう思うかというジェンダー意識、さらに両親のジェンダー意識などについて質問しました。参加者の78%は既婚で、うち74%は子どもを持っていました。

 その結果、「仕事で疲れていて家事や家族との時間が取れないことがありますか」という問いに「ある」と答えたのは女性医師の83%で、男性医師の66%より有意に高い割合となりました。「家事や家族の世話などのために仕事が妨げられることがありますか」という問いでは、女性医師が52%が肯定し、男性医師の28% より有意に高値でした。さらに、「育児や介護の負担感がありますか」という問いについては、女性医師の62%が「ある」と答え、男性医師の16%を大きく上回りました。

 これらのことから、同じ専門職である医師の間でも、女性の方が家事・育児の負担が多く、ワーク・ファミリー・コンフリクトが起きていることがうかがえました。

 ◇ジェンダー不平等がキャリア構築の妨げに

 さらに、育ってきた家庭のジェンダー意識について「あなたが育った家庭では女性が仕事を持つことをどのように考えていましたか?」と尋ねたところ、女性医師の24%、男性医師の66%が「どちらかというと反対」と答え、有意に差が認められました。男性医師の育った家庭では、男女の性役割分担意識が高く、女性が仕事を持つことにどちらかというと否定的な空気があると分かります。こうしたジェンダー意識の差は女性医師が継続就労する上で影響を及ぼすと考えられます。実際、女性医師が配偶者に男性医師を選んだ場合、男性医師が大学に勤務する一方、女性医師はパート労働的な働き方を選び、大学病院などで研究を継続することが困難になる場合があります。

 この調査は医師の育った家庭について行いましたが、世代間の意識の差は今も色濃く残っており、女性の職場進出に影響を与えていることは容易に推察されます。

 「家事・育児に支障を来さない範囲なら許容できるが、それ以上は反対」という暗黙の意識は心理的な束縛になり、ゴールディン氏が指摘した日本社会の問題点となっているように思います。保育所の充実や育児休暇制度などハード部分の支援の他に、親世代の意識を改革することが女性の真の社会進出につながると考えられます。(了)

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