若い女性は男性よりも脳血流の総量が多い傾向
脳の容積と脳を栄養する血液量は密接に関連している。22歳から92歳までの健常ボランティア129人の脳のMRIを撮影し、3次元MRIから人工知能(AI)※1による脳区域自動分割で各脳領域の体積・体積割合を計測し、4次元フローMRIから脳主幹動脈の血流量を計測した。この結果、加齢により脳体積が減少するのに伴い、脳循環血流量も減少していることを確認した。頭蓋骨に占める脳の体積割合は男女で差はなかったが、主幹動脈の血流量を合計した総脳血流量※2は、平均して女性の方が男性よりも多く、特に脳容積が比較的大きい40代以下の若年女性において総脳血流量が多い傾向にあることが明らかとなった。
本研究成果は、2023 年11月29 日(日本時間0時)付で、米国科学誌「Aging and Disease」のオンライン版に掲載された。
研究成果の概要
本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京都立大学、山形大学、東北大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きの頭蓋内環境をコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、脳卒中、認知症、正常圧水頭症などの脳環境に関連する病態を解明することを目指している。
本研究では、高解像度の3テスラMRI装置を用いて、22歳から92歳までの健常ボランティア129人の頭部の3次元(D)T1強調MRIと脳のウィリス動脈輪※3を中心とした主幹動脈の4DフローMRIを撮影し、AIで脳と脳脊髄液腔を26領域に自動分割する『脳区域解析』アプリと、脳動脈の3D流速を計測する『4Dフロー』アプリを用いて、各脳領域の頭蓋内に占める体積割合と主幹動脈の脳血流量を計測し、健常者の加齢性変化と性差、左右差を調査した。
この結果、頭蓋内容積は男性の方が女性よりも大きい傾向にあるため、脳の総容積も男性の方が大きい傾向となる。頭蓋内容積に占める体積割合では男女差がなくなるが、両側の前・中・後大脳動脈の血流量を合計した総脳血流量はどの年代においても平均して女性の方が男性よりも多く、特に脳容積が比較的大きい40代以下の若年女性において総脳血流量が多い傾向が明らかとなった。
この40代以前の女性において、総脳血流量が男性よりも多いことが、片頭痛や脳動脈瘤の発症リスクが女性に多いことと関連しているのではないかと考えて、今後さらに研究を進めていく予定である。
【背景】
脳の容積は20歳から加齢により徐々に減少し、それに伴い脳循環に必要な血液流量も徐々に減少することが知られている。さらに、大脳皮質・灰白質は加齢により直線的に減少する傾向にあるが、白質は40代までは増加し、50代以降で減少する傾向にあることが知られている。
本研究では、医療機器として認可されている3D画像解析システムSYNAPSE VINCENT(富士フイルム株式会社)の『脳区域解析』と『4Dフロー』アプリを用いて、脳と脳脊髄液の自動領域分割と脳血流量を計測し(下図)、健常者において年代別と男女別の脳の部位・左右差と脳血流の関係性について調査した。
【研究の成果】
22歳から92歳までの健常ボランティア129人の協力を得て、高解像度の3テスラMRI装置を用いて、頭部の3D T1強調MRI 画像を撮影し、『脳区域解析』アプリにより、脳を21領域、脳脊髄液を5領域に自動分割し、各体積と頭蓋内容積に占める体積割合を計測した。さらに、同一被検者で脳のウィリス動脈輪を中心とした主幹動脈の4DフローMRIを撮影し、『4Dフロー』アプリにより、ウィリス動脈輪を形成する脳底動脈、両側の内頚動脈、前大脳動脈、中大脳動脈、後大脳動脈と前交通動脈、後交通動脈に対して直交する断面を通過する3D流速を計測し、3D流速×断面積から血流量(mL/min)を計算した。頭蓋内容積に対する局所脳の体積割合と脳血流量について相関を調べ、年代毎の変化、性差、左右差について検証した。
本研究によって、総脳血流量は、大脳皮質・灰白質の体積割合と最も強く相関しており、加齢により直線的に減少していたが、ウィリス動脈輪よりも中枢側の両側の内頚動脈と脳底動脈の血流量の合計よりも、ウィリス動脈輪よりも末梢側の両側の前・中・後大脳動脈の合計と強く相関していた。
頭蓋内容積は男性の方が女性よりも大きい傾向にあるため、脳の総容積は男性の方が大きく、頭蓋内容積に占める体積割合では男女差がなくなる。総脳血流量はどの年代においても平均して女性の方が男性よりも多く、特に脳容積が比較的大きい40代以下の若年女性の総脳血流量が多い傾向が明らかとなった。
【研究のポイント】
・20歳以上の健常ボランティア129人に頭部の3D T1強調MRIと4DフローMRIを撮影し、局所脳体積・体積割合と脳血流量の関係を明らかにした。
・総脳血流量は、大脳皮質・灰白質の体積割合と相関し、加齢により直線的に減少していた。
・総脳血流量は、どの年代においても平均して女性の方が男性よりも多く、特に脳容積が比較的大きい40代以下の若年女性が多かった。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
本研究によって、総脳血流量はどの年代においても平均して女性の方が男性よりも多く、特に脳容積が比較的大きい40代以下の若年女性において総脳血流量が多い傾向が明らかとなった。この総脳血流量が、特に40代以前の女性において、男性よりも多いことが、片頭痛や脳動脈瘤の発症リスクが女性に多い原因となっているのではないかと考えて、今後さらに研究を進めていく予定である。
【用語解説】
※1 人工知能(AI):Artificial Intelligenceの略。AIを使った画像認証、領域分割の技術は、カメラの顔認証や、車の自動運転の技術などと同じニューラル・ネットワークを利用した深層学習法。
※2 総脳血流量:決まった定義はなく、頭蓋内に入ってくる両側の内頸動脈と椎骨動脈の血流量の合計が用いられることが多いが、本研究では、ウィリス動脈輪よりも末梢側の前大脳動脈、中大脳動脈、後大脳動脈の左右合計を総脳血流量と定義した。
※3 ウィリス動脈輪:脳を栄養する動脈は、頭蓋内に入ってきた所で左右の前大脳動脈をつなぐ前交通動脈と、内頚動脈と後大脳動脈をつなぐ後交通動脈により、前後左右の血流を連結するリングを形成している。
【研究助成】
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析]
・文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ
ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118)
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]
【論文タイトル】
Aging and sex differences in brain volume and cerebral blood flow
【著者】河野 浩人1)、山田 茂樹 2, 3)、渡邉 嘉之4)、伊井 仁志5)、大谷 智仁6)、伊藤 広貴7)、
岡田 耕7)、伊関 千書8, 9)、谷川 元輝2)、和田 成生6)、大島 まり3)、間瀬 光人2)、吉田 和道1)
所属 1;滋賀医科大学 脳神経外科学講座
2;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
3;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
4;滋賀医科大学 放射線科学講座
5;東京都立大学大学院システムデザイン研究科・機械システム工学域
6;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
7;富士フイルム株式会社 メディカルシステム開発センター
8; 東北大学大学院 高次機能障害学
9; 山形大学医学部第三内科・脳神経内科
【掲載学術誌】
学術誌名:Aging and Disease
DOI番号:10.14336/AD.2023.1122
本文: https://www.aginganddisease.org/EN/10.14336/AD.2023.1122.
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院医学研究科 脳神経外科学 講師 山田 茂樹
住所:〒467-0001 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1
TEL: 052-853-8286 FAX:052-851-5541
E-mail:shigekiyamada393@gmail.com
滋賀医科大学 脳神経外科学講座 助教 河野 浩人
住所:〒520-2192 滋賀県大津市瀬田月輪町
TEL: 077-548-2257 FAX:077-548-2531
E-mail:hkawano@belle.shiga-med.ac.jp
【報道に関するお問い合わせ】
名古屋市立大学 病院管理部 経営課
愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-858-7114 FAX:052-858-7537
E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp
滋賀医科大学 総務企画課広報係
滋賀県大津市瀬田月輪町
TEL:077-548-2012 FAX:077-543-8659
E-mail:hqkouhou@belle.shiga-med.ac.jp
(2023/12/06 07:27)