現代社会にメス~外科医が識者に問う

「医師の働き方改革」スタート
~医療の質落とさず効率化できるか~ ワーク・ライフバランス 小室淑恵さんに聞く(上)

 ◇職域間連携が成果生む

 ―手術数は看護師というより外科医や麻酔科医といった医師が規定因子になると思っていました。整理整頓や看護師の調整で高難度手術件数がそんなに変わるというのは不思議ですね。

 小室 もちろん看護師の定数を見直しただけではなく、小さな取り組みもたくさん積み重ねていった結果です。おそらく規定されている何かしらの要因の一つが看護師にあったのでしょう。難易度の高い手術を行う体制は医師だけではなく、さまざまな要素で阻害されている可能性があるということだと思います。

 ―医師数や医師の体制で決まるように思われがちですが、実際にはそれを取り巻くさまざまな要因も大いに関係しているのですね。

糸魚川総合病院の報告会の様子

糸魚川総合病院の報告会の様子

 小室 職種を超えて議論していると、普段の仕事でも連携が取れるようになります。こうして、自分たちでも職場の働き方は変えられるという共通認識が生まれ、内部のコミュニケーションが非常に良くなり、今まで見過ごしてきた無駄が連鎖的にガラガラと変化していきます。ひとたび実践し始めてみると、不都合が生じないのであればあれもこれもやってみようという形でどんどん加速していくのです。

 ―改革を行う上で民間企業と医療の現場では何か違いはありますか。

 小室 企業であれば人事部に組織を超えてプロジェクトに関わってもらいます。ところが病院は人事部の力が非常に弱く、人事が医師に「この働き方改革プロジェクトにちゃんと参加してください」とお願いするのはほぼ不可能だと分かりました。そこで人事への働き掛けを諦め、働き方について問題意識の高い医局の医師に個別にアプローチするスタイルに切り替えました。今では各地の学会に招かれて講演する機会が増え、そのたびに「うちの医局でもぜひやってもらいたい」と、問い合わせをいただけるようになりました。現在はまず医局単位で改革を行い、そこでの成功体験を病院全体の取り組みに広げられるように切り込み方を変えています。

 企業では一つの職場につき通常8カ月のスパンで取り組みを行っていますが、長期での取り組みが難しい病院は短いバージョンでできるカエル会議のワークショップのやり方をお伝えしています。仕組みさえ分かれば自分たちでできるので、他の医局の中でも回していただき、取り組みが進まなくなりそうなときにはピンポイントで相談に乗る形を取っています。長年支援してきたことで、各病院がそれぞれのやり方で少しずつ動きだし、昨年からはそれが一気に広まってきていると実感しています。(了)

聞き手・企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)、文:稲垣麻里子

小室淑恵(こむろ・よしえ)
 ワーク・ライフバランス代表取締役社長。
 ワーク・ライフ・バランスのコンサルティングを 3000 社以上に提供し、労働時間の削減や有給取得率の向上だけでなく、業績の向上、社員満足度の向上、自己研さんの増加、企業内出生率の上昇を実現。長時間労働体質の企業を生産性の高い組織に改革する手腕に定評がある。医療現場の働き方改革コンサルティングを50組織に行ってきた。安倍内閣の産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会、文部科学省中央教育審議会、環境省「働き方改革」加速化有識者会議の委員、厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」構成員などを歴任し、国のスタンス変更への働き掛けも行っている。直近では、企業側から男性への育休取得の打診を義務化する法改正にも携わった。

河野恵美子(こうの・えみこ)
 大阪医科薬科大学一般・消化器外科医師。
 2001年宮崎大学を卒業。2006年に出産し、1年3カ月の専業主婦を経て復帰。2011年「外科医の手プロジェクト」を立ち上げ手術器具の研究を開始、2015年に2人の女性外科医と消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を設立。2020年に内閣府男女共同参画局「令和2年度女性のチャレンジ賞」を受賞。2022年「手術執刀経験の男女格差」の論文をJAMA Surgeryに発表。同年、パブリックリソース財団「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」を受賞。厚生労働省医学生向け労働法教育事業の委員。TEDxNambaにも出演。

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