一流の流儀 「海に挑むヨットマン 」 白石康次郎 海洋冒険家

(第7回)死と隣り合わせのレース
居合道から学ぶ

「サムライ」の姿で艦首に立つ白石さん

 白石康次郎さんが、居合道無双直伝英信流の鷲尾謙信氏の下で修行を始めてから10年がたつ。現在は4段の腕前だという。居合道は戦国時代に考案された刀術だ。危機に臨み、とっさの状況にあっても、一瞬にして勝ちを収める刀の使い方と体の動かし方を鍛錬する。かつては武士のたしなみだったとされる。

 ◇居合道との出合い

 白石さんがフランスで居候をしていた時のこと。部屋で木刀を振り、居合の訓練をし、それを目にしたフランス人たちを驚かせた。「ヴァンデ・グローブ」のレースに参加したヨットは出航の際、1艇ずつ運河をパレードする。白石さんは居合の胴着をまとい、木刀を手にして自艇の甲板に立った。「オウ、日本から来たサムライ!」。スタート地点のレ・サーブル・ドロンヌでは、観衆に大受けしたそうだ。

 もちろん、受けを狙うための木刀を握ったわけではない。大海原をたった一人で駆けるヨットレースには、命を落とす危険が、そこかしこにある。レース中に落水したら、まず助かることはない。そんな冒険に挑む白石さんの覚悟を示したパフォーマンスだったのだ。

単独レースは危険がいっぱいだ

 「剣豪宮本武蔵の『五輪書(ごりんのしょ)』や、山本常朝が武士道を論じた『葉隠(はがくれ)』も読んでいます。『武士道と云(い)ふは死ぬ事と見つけたり』ではありませんが、すべてを捨て、死の覚悟ができているということですよね。外洋に出て単独でレースをしていると、日本の武士道精神で闘わないと勝てないのではないか、と思うのです」

 精神力の鍛錬と生死を分けるような瞬間的な判断力を鍛えるため、白石さんは必然的に居合道と出合ったのだろうか。

 「鷲尾先生の言葉の使い方がまた素晴らしく、含蓄がありました。例えば、『立春』とはどういう意味か分かりますか?」と白石さんが聞く。「『春を抑えろ』と言われたのですけれど」続けたが、記者には全く理解できなかった。

 「立春になる前には、一度グッと冷え込む。人間も同じように、浮足立ってはいけないということです。刀をいつ抜いたらよいのか。花は咲くべき時に咲くでしょう。だから、花のごとくあれ。早く刀を抜いて切ってやろうと考えるのではなく、『抜くべき時に抜け』ということです」

「スピリット・オブ・ユーコー」の高いマスト

 ◇「爪は切るな。爪はとげ」

 白石さんの話しぶりは決して堅苦しくなく、時にちゃめっ気もある。しかし、ヨットレースはいつも真剣勝負。「ヴァンデ・グローブ」は、スタートから1カ月後にマストが突然折れて、レース続行が不可能になった。その時、かつて鷲尾さんに言われた言葉が脳裏によみがえった。「爪は切るな。爪はとげ」―。

 「レースに出るに当たり、ロープを替えた。古いロープが切れるかもしれないというリスクを考えたのですが、新品は滑って扱いにくかったのです。『ああ、鷲尾先生が言われていたのは、これだったのだな』と痛感しました」

 居合道を通して心に刻まれたさまざまな言葉がある。その中でも「天如水(てんじょすい)」は、白石さんが理想に近づく指針にしている言葉だ。旧日本海軍の連合艦隊司令長官・山本五十六が揮毫(きごう)した「天如水」の色紙が、道場に掲げられているのを見て強烈な印象を受けた。

 「『水の如(ごと)くあれ』。泰然として、しなやかに、寛容で、人に益する自分であることを目指しています」(ジャーナリスト/横井弘海)

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