「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~

新型インフルエンザへのカウントダウン~H5N1型の脅威が再来~ 東京医科大客員教授・濱田篤郎【第7回】

 7月2日、政府は2013年に作成した新型インフルエンザ等対策行動計画を改定し、閣議決定しました。コロナ禍を経て感染症危機管理の考え方が大きく変化しており、今回は、それに応じた修正が加えられています。この行動計画では、国民の健康や社会に大きな影響を及ぼす呼吸器感染症が対象になっていますが、その中でも計画名にある新型インフルエンザは周期的に発生することから、特に注目されています。そして、その脅威が今年になり、米国などでの鳥インフルエンザウイルスH5N1型(Clade 2.3.4.4b)の発生で高まっているのです。

閣議に臨む岸田文雄首相(中央)ら=2日、首相官邸

閣議に臨む岸田文雄首相(中央)ら=2日、首相官邸

 ◇新型インフルエンザの周期的流行

 インフルエンザは毎年冬に拡大しますが、周期的に大流行することが知られています。原因は、それまでのインフルエンザウイルスと異なる新しい種類のウイルスがまん延するためで、これが新型インフルエンザの流行になります。新しいウイルスとは、トリやブタなどの動物に由来し、これがヒトの間で広がることにより、新型の流行が起きるのです。

 20世紀には新型の流行が3回発生しており、1918年のスペインインフルエンザ、57年のアジアインフルエンザ、68年の香港インフルエンザと続きます。いずれも多くの患者が発生し、人的ならびに社会的に大きな被害が生じました。そして、直近は2009年4月にメキシコから拡大した豚インフルエンザウイルス(A/H1N1型)の流行でした。この時は日本でも約1500万人の患者が発生したのです。

 この最後の新型インフルエンザから15年が経過しており、次が起きてもおかしくない時期になっています。

 ◇H5N1型ウイルスの拡大

 次なる新型のウイルス候補として注目を集めているのが、鳥インフルエンザウイルス(A/H5N1型)です。このウイルスは今年になり米国のウシの間で大流行しており、ヒトの患者も少数ながら報告されています。

 実は、H5N1型が新型の候補になったのは約20年前でした。このウイルスは20世紀中ごろから鳥インフルエンザの原因になっており、ニワトリなどが感染すると100%近く死亡するため、高病原性ウイルスとも呼ばれていました。そして1997年に香港で初めてH5N1型に感染したヒトの患者が確認されたのです。この時は18人の患者のうち6人が死亡しており、ヒトでも病原性が高いことが明らかになりました。

 その後、2000年代に入り、アジアや中東などで患者の発生は続きますが、いずれもトリからヒトに感染しており、患者から直接感染したケースは見られませんでした。ところが2006年にインドネシアのスマトラで集団感染が発生し、ヒトからヒトに直接感染したことが判明します。この時に世界保健機関(WHO)は、H5N1型が新型インフルエンザとして流行する危険性がある旨の警告を発しました。しかし、H5N1型ウイルスは拡大せずに、09年にメキシコで発生した豚インフルエンザウイルスが新型として流行するに至ったのです。

 ◇新系統ウイルスによる脅威も

 その後もH5N1型ウイルスの流行はトリの間で続き、アジアなどでヒトの患者発生も少数ですが報告されていました。

 ところが、20年にヨーロッパで新系統のH5N1型ウイルス(Clade 2.3.4.4b)が発生したのです。このウイルスはトリの間で急速に拡大し、ヨーロッパだけでなくアジア、アフリカなどにも波及していきました。日本のトリからも、このウイルスが検出されています。さらに、21年後半からは北米に飛び火し、22年には南米でも拡大するようになりました。

 この新系統のH5N1型ウイルスはトリの間だけでなく、多くの種類の哺乳動物にも感染を起こします。ミンクやアシカでは大規模な集団感染が確認されており、哺乳動物の間でも感染が広がっていると考えられています。つまり、新系統のウイルスは、鳥類と哺乳動物の種の壁を越えて流行するようになったのです。なお、日本でもキツネやタヌキの感染が見られますが、哺乳動物の感染は限定的です。

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