「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~

新型インフルエンザへのカウントダウン~H5N1型の脅威が再来~ 東京医科大客員教授・濱田篤郎【第7回】

 一方、米国では24年3月ごろから、テキサス州やミシガン州などでウシの感染例が多発しています。7月10日までには12州に及び、144カ所の牧場で乳牛の感染が確認されているのです。

 ◇ウシからヒトに感染も

 ウシがH5N1型ウイルスに感染した場合、あまり重症にはならず、発熱や乳量の減少などの症状が見られ、1週間程で改善します。このため、感染の発見が遅れて周囲のウシに広がっているようです。さらに、牧場の従業員や車両などがウイルスを周囲の牧場に拡散させている可能性もあります。米国政府は、ウシを移動させる場合、H5N1型の検査を義務付けたり、従業員がウシに接する際に感染防御措置を取ったりすることを呼び掛けています。

牧草地にいる乳牛(イメージ)

牧草地にいる乳牛(イメージ)

 このように米国の乳牛の間でH5N1型ウイルスが拡大する中、感染したウシに接触した牧場の従業員にも、7月上旬までに4人の患者が発生しています。このうち1人は急性呼吸器症状が見られましたが、他の患者は結膜炎の症状のみで、いずれも軽症で回復しました。米疾病対策センター(CDC)の報告によれば、患者から検出されたウイルスには、哺乳動物に適応した変異は見られるものの、ヒトに感染しやすくなる変異は認められないとのことです。

 ◇牛乳にウイルスの痕跡

 米国での乳牛への感染拡大は食品衛生にも大きな影響を及ぼしています。感染したウシの乳汁中にもウイルスが排せつされるため、米国食品衛生局は米国で市販されている牛乳を調査し、その一部にH5N1型ウイルスの痕跡があったことを4月末に報告しました。しかし、牛乳は市販される前に加熱処理されるため、生きたウイルスは検出されず、安全であるとの見解を出しています。ただし、加熱処理前の牛乳に存在するウイルスには感染性のあることが動物実験で確認されています。

 牛肉については、米国農務省が5月上旬に、感染したウシから製造したひき肉中には、ウイルスが検出されなかったと報告しています。

 ◇現時点でのリスクは

 以上の状況から、現時点で新系統のH5N1型ウイルスが新型インフルエンザとして流行するリスクはどれだけあるのでしょうか。

 結論から言うと、WHOもCDCもリスクはまだ高くないとの見解を示しています。現在、このウイルスは哺乳動物までは広がっていますが、ヒトの患者は少なく、現段階でヒトに感染しやすくなる変異は見られません。また、ヒトからヒトへの感染も起きていません。

 ただ、既に鳥類から哺乳動物への壁は越えているため、今後、哺乳動物での感染が継続し、ウイルスが変異を繰り返していくと、ヒトへの感染力が高まっていく可能性はあるでしょう。これを防ぐためには、米国はじめ世界各地で出現している、H5N1型ウイルスの感染拡大を抑えていくことが大切なのです。

 新型インフルエンザ大流行へのカウントダウンはもう始まっています。(了)

濱田客員教授

濱田客員教授


濱田 篤郎(はまだ・あつお)
 東京医科大学病院渡航者医療センター客員教授
 1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大で熱帯医学教室講師を経て2004年海外勤務健康管理センター所長代理。10年東京医科大学病院渡航者医療センター教授。24年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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