「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

新型コロナ感染症の落ち着き先
~ワクチンの毎年接種も~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第16回】

 新型コロナウイルスの流行が始まって1年以上が経過する中、ワクチン接種の開始や変異株の出現など新たなステージに入ってきました。ワクチン接種が進むことで感染者数が抑制されている国もあり、流行収束のめども見えてきたようです。こうした現状から、今後、新型コロナウイルスはヒトの感染症としてどのような位置付けになっていくのかを検討してみます。

新型コロナウイルスのワクチン接種を受ける菅義偉首相=2021年03月16日

新型コロナウイルスのワクチン接種を受ける菅義偉首相=2021年03月16日

 ◇感染症流行の三つのパターン

 新型コロナウイルスは主に飛沫(ひまつ)感染で流行が拡大します。飛沫感染や空気感染する感染症の場合、ワクチンにより流行を制圧する方法を取ります。この方法が最も効いたのが1977年に地球上から根絶された天然痘でした。しかし、これは極端な例で、通常はワクチン接種によっても感染症は消滅せず、次の三つの流行パターンに収まっていきます。

 第一は、インフルエンザのように毎年、季節的な流行を繰り返すパターンです。ワクチンで予防できても、ウイルス側が変異をするためワクチンの効果が減弱し、流行は毎年繰り返されます。第二は、はしかや風疹のように小児を中心に流行するパターンです。ワクチンを小児期に接種しておけば、発症することはありませんが、ワクチンの効果が年齢とともに減弱すると、大人でも感染するリスクが生じてきます。第三は、結核のように発展途上国で流行が続くパターンです。先進国ではワクチン接種などで流行が根絶されても、発展途上国では接種が行きわたらず、風土病的な流行が残るものです。

 私は、新型コロナウイルスの流行が、この三つのパターンのいずれにもなると考えています。その理由を説明していきましょう。

 ◇ワクチンの効果

 新型コロナウイルスには多くのワクチンが開発されており、既に100カ国以上で接種が開始されています。日本でも開始されているファイザー社のmRNAワクチンは、その効果が90%以上と大変に高いものです。今後、使用が予定されているモデルナ社やアストラゼネカ社のワクチンも、同様に高い効果があります。その持続期間については、いまだ明らかではありませんが、接種が拡大されれば流行の収束は十分に期待できます。

 3月下旬になり、こうしたワクチンの効果が一部の国で既に見られています。イスラエルでは国民の半数近くが接種を完了しており、感染者数が減少してきました。ヨーロッパの国々では変異株の流行が拡大しているにもかかわらず、ワクチン接種を終了した高齢者の感染はある程度抑えられており、その結果、死亡者数も少なくなっています。

 このように、ワクチンの接種開始で流行収束が少しずつ見えてきましたが、それに影響する因子がいくつかあります。

 ◇ワクチン抵抗性の変異株

 2020年12月から変異株の流行が世界的に発生しており、英国型、南アフリカ型、ブラジル型の三つがその代表的なものです。このうち英国型が最も拡大しており、日本でも国内流行が見られています。この英国型にはワクチンの効果があるとされていますが、南アフリカ型やブラジル型には、現在のワクチンがあまり効かないという報告が多くなっています。

 ワクチンを接種すると、ヒトの体内に中和抗体ができ、ウイルスがヒトの呼吸器に侵入するのを阻止します。しかし、南アフリカ型やブラジル型のウイルスでは、抗体の付着する部位が変化を起こしているため、中和抗体によるウイルスの侵入阻止ができなくなっているのです。

大阪・道頓堀を歩く人たち=2021年03月18日

大阪・道頓堀を歩く人たち=2021年03月18日

 ◇インフルエンザパターン

 南アフリカ型、ブラジル型の流行はまだ一部の国に限られていますが、今後、流行地域が拡大した場合、ウイルスの変化に合わせて、ワクチンを変更しなければならないでしょう。これは、インフルエンザワクチンをウイルスの変化に合わせ、毎年のように変更するのに似ています。

 新型コロナウイルスは2020年から21年の冬に大流行したように、冬季に流行が拡大する病原体です。このため、次の21年から22年の冬に、ワクチン抵抗性になった変異株が大流行する可能性があります。つまり、私たちは次の冬になる前に、新しいワクチンの接種を受ける必要があるかもしれません。

 そして、これから先も毎年、冬になる前には、新しいコロナワクチンを受けるといった対応が想定されます。

 ◇はしか・風疹パターン

 新型コロナワクチンは効果が高い一方で、その効果が持続する期間は、いまだ明らかではありません。臨床治験では3カ月ほどしか効果を見ていないので、それ以上の効果は、今後、明らかになってくるでしょう。

 もし、長期間の効果があれば、ワクチンを受けた人は長いこと感染を防げますが、新しく生まれてくる子どもは感染してしまうリスクがあります。子どもが新型コロナウイルスに感染した場合、軽症で済むことがほとんどですが、今後、はしかや風疹のように、子どもの定期接種に新型コロナワクチンを加える可能性があります。

 はしか・風疹については、最近、大人の患者が増えており、これは小児期に接種したワクチンの効果が減弱しているためです。新型コロナワクチンについても、その有効期間が明らかになってくれば、定期接種で使う場合、何年ごとに追加接種を受けるかが決まってくるでしょう。

 ◇風土病パターン

 先進国では、自国が費用を負担してワクチンを購入し、自国民に接種をしています。一方、発展途上国など貧しい国では、世界保健機関(WHO)が購入したワクチンを使用するという方法を取ります。ただし、この方法で国民全員が接種を受けるのは難しいでしょう。そうなると、一部の国民はワクチンを受けられず、その集団の中で新型コロナウイルスが風土病的に流行するという事態が起こります。

 こうした状況が続いた場合、国際間の人の移動により、新型コロナウイルスの世界的な流行が再燃する可能性も出てきます。海外渡航する際には、コロナワクチンの接種証明書を持参し、入国時に提示することも必要になるでしょう。また、風土病的に流行している国に滞在する際には、事前にワクチンの追加接種を受けておくことも推奨されます。

 新型コロナウイルス流行の今後について、現在の状況から三つのパターンを想定してみました。いずれにしても、現時点ではワクチン接種を広く行うことで、流行を収束にもっていくことが何よりも大切です。それとともに、その先の状況も視野に入れた対策を立てることが必要だと思います。(了)


濱田特任教授

濱田特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

【関連記事】


「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~