「医」の最前線 新専門医制度について考える
日本専門医機構 寺本民生理事長と本音で話す
~「ゼネラリスト」、「総合診療専門医」、「へき地医療」~(後編) 第5回
超高齢化を迎え、医療における「ゼネラリスト」のニーズが高まっている。新しい専門医「総合診療専門医」には何が求められているのか。「inochi WAKAZOプロジェクト*」のメンバー3人が日本専門医機構寺本民生理事長に聞いた。聞き手:岡谷一生(奈良県立医科大学5年)、國富太郎(順天堂大学医学部4年)、浅見咲菜(順天堂大学医学部1年)、構成:稲垣麻里子
寺本理事長(右下)、堀部眞人事務局長(左下)と学生ら
◇何がやりたいかではなく、社会にどう還元するか
國富:総合診療専門医の先輩方のロールモデルを見て、総合診療専門医がどんどん誕生する。その先にある寺本先生の思い描いている医療はどのようなものなのでしょうか。
寺本:総合診療専門医というのは基本領域の一つのカテゴリーとして重要だと思います。その一方で、医療はどんどん進歩しているので、とがったスペシャリストも絶対に必要です。先端的な医療を志す人たちとゼネラルに対応できる人たちに優劣を付けることなく、お互い尊重し合い、連携しないとうまくいきません。そうして患者さんが安心して身を任せられる状況をつくることです。医療は社会的な資産なので、自分がやりたいことをやる前に、どうしたら自分たちの能力を社会に還元できるかを常に意識し、考えることができる医師になってもらいたい。そのために責任を持って皆さんを育てていくことをいつも考えています。
◇医師の働き方改革について
岡谷:先生の思い描くビジョンを実現するために、一番大きな課題は何ですか。
寺本:皆さんの働き方の問題です。どうしても一部の人にしわ寄せがいくことがあります。例えば、新生児、新生児集中治療室(NICU)を含めて、ものすごく大変な思いをしている産科の先生方に対しては、どういうインセンティブが考えられるのかというのが、これからの大きな医療の課題だと思います。専門性に優劣を付けることはあってはならないと思っていますが、医師の医療行為は労働であり、労働に対して、それなりの評価をする必要があるのではないかというのが私の考えです。国も医師の労働時間を規制する方向に動いていて、時間外労働に対しての規則や手当については、ある程度の保証がされる時代にはなっていくのかなと思っています。
浅見:私は1年生なのですが、もし総合診療医を目指すのであれば、何かやっておくことがありますか。
寺本:総合診療医に限らず、自分たちが受けた医学教育が患者さんのため、社会のためという意識を持ち、自分に求められているものは何かを常に考えてほしいと思います。自分が何に向いていて、どういう形で社会に還元できるか、それを元に行動に移すことが重要です。「先端医療をやりたい」「へき地医療をやりたい」では、そこでどんなことをやりたいのかを考えていけば、どういう勉強をするべきかが見えてくるのではないでしょうか。1年生であれば、まだまだ時間があるので、いろいろなものを見ることが大切だと思います。
◇なりたい医師像を考える時間の余裕がない
國富:寺本先生から私たち学生に聞いてみたいことはありますか。
寺本:学生の皆さんが医師になるときには専門医になることを希望すると思うのですが、それが何のためにというのを考えたことがありますか? 例えば、「こういう人を救いたい」とか「自分がこうなりたいから」とかあれば教えてください。
國富:結論から申し上げると、そのようなことを考えている学生は少ないと思います。医学部は試験が多く、試験のために頑張って試験が終わったら、ちょっと息抜きして、また試験のために頑張るということの繰り返しで、あまり自分と向き合う余裕がありません。それもあって卒業してそのまま医師になっても、「周りが専門を取っているから僕も取る」みたいな考えの人が一定数いるのかと思います。目標を考え、そのための手段として専門医が妥当かどうかを考える時間が少ないのです。
寺本:試験は大変ですよね。われわれの時代は今のように国家試験も厳しくなかったので、わりと放置されていました。大学の試験も頻繁ではないので時間的な余裕があり、学生同士で議論したり、自分たちで自主講座を開いたりして高め合っていました。今はそういうわけにいかない。大学で教鞭を執っていたこともあるのですが、試験に追われて、かわいそうだなと思って見ていました。今の医学教育も問題だと思っていて、国家試験のやり方やCBT *のやり方も少し見直さないといけないんじゃないかな。医師になることについて、もっと考える時間があっても良いように思います。
◇人間として医師として、どう生きたいかを考える
浅見:入学時より気になっていたことがあります。日常会話の中で、「何を専攻するのか」「何科医になるのか」などといった、まるで専門医を取得することが前提で、それ以外の選択肢が用意されていないかのように感じてしまう場面が多々あるのです。
寺本:そうなんですね。私たちとしては、もっと大きな視野で見てもらいたいと思いますね。自分が医師になることを、きちんと考える前に専門医の資格を考えていたら、場合によっては見誤るところが出てくる。かつて日本の医療はどんどん専門家を増やし、根幹の部分のゼネラルにものを見ることが欠如して、それが大きな問題になったと思うんですよね。そういった反省の中で、内科全体を総合的に見ることができる総合内科専門医がつくられたのです。要するに専門化がどんどん進んでいく中で今度はゼネラルを求める。専門化が進んだからこそ、次のゼネラルが生まれてきたと考えています。資格を取るということも重要ですが、学生のうちは人間として医師として、どういうふうに生きていくかを考えながら学んだ方がいいと思いますね。
学生らと稲垣(右上)
岡谷:最近の学生はQOLを重視する傾向にあるように思います。
寺本:QOLはすごく重要です。ただQOLを求めるのは自分の健康を維持するためですよね。私の場合は開業しているので、自分が病気になると、患者さんの健康管理ができなくなるから気を付けています。開業医は特にそうなんですよ。患者さんの中には画家の先生がいたりとか、音楽の先生がいたりしますので、会話をするために音楽や文学の本を読んでみたりする。ゼネラリストとして、患者さんといろいろな話ができることも大切だと思っています。もちろん、自分の好きなことをやってリラックスし、コンディションを整えることも重要です。
岡谷:最後に学生に向けてのメッセージをお願いします。
寺本:進路を選ぶときに自分が置かれた状況と社会的なニーズを元に、自分がどう動くのか考えてから、選んでいただきたいと思っています。医師は自分の一生の仕事になるので、周りに流されることなく、常に何のためにということを考えながら、前に進んでいただきたいというのが私の一番の願いです。(了)
*inochi WAKAZO プロジェクト
2015年に発足した、東⼤・京⼤・慶⼤・阪⼤の医学⽣を中⼼とした次世代イノベーター集団。現在は医療に関心のある全国の学生が参加し、産官学⺠若が⼀体となって、命を守る未来社会を実現するための活動を行っている。https://inochi-wakazo.org
*CBT(computer based testing)
医学生が臨床実習で医療行為をするに当たり、臨床実習に必要な医学的知識を理解しているかどうか、コンピューターを用いて評価する全国医学部共通の試験。医学生としての「質」を担保するために2005年から実施されるようになった。
(2021/10/19 08:29)
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