「医」の最前線 新専門医制度について考える

高齢化で急増する泌尿器疾患
~専門医に期待される役割は~ 第15回

 厚生労働省の患者調査によると、近年の高齢化で泌尿器疾患の患者数が最も増えている。直近30年間で前立腺がんの患者数は約8倍と急増、前立腺肥大症は50万人を超え、腎臓病も増加傾向にある。女性の尿失禁は4人に1人が経験しているという。ただ「泌尿器科」については、男性性器や排尿のイメージが強く、必要な医療が受けられていないケースも多い。日本泌尿器科学会専門医制度審議会委員長として、専門医プログラムや認定基準の作成に尽力してきた市川智彦医師(千葉大学泌尿器科教授)に泌尿器科医療の現状や専門医の課題について聞いた。

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 ◇泌尿器科は意外と守備範囲が広い

 泌尿器科が何やっている科なのかは、医学部の学生さんでも、あまりよく分かっていません。実は私自身も泌尿器科に入局してから知ったことが多いです。「尿」と言う字が入っているので、排尿のイメージが強いのですが、大学病院の泌尿器科は基本的には前立腺がん、腎臓がん、ぼうこうがんといったがんの診療を主に行っています。身近なものではQOL疾患と言われている、男性では前立腺肥大に代表される排尿障害、女性ですと尿失禁ですね。尿路結石尿道炎、ぼうこう炎といった尿路感染症の場合は地域の泌尿器科クリニック、かかりつけの内科や婦人科で薬をもらって症状が軽くなることが多いです。あとは尿道下裂停留精巣などの小児泌尿器、勃起不全などを引き起こす性機能障害、最近注目されている男性更年期障害。専門性の高いものとしては、男性不妊症、また腎臓の上にあるホルモンを産出する副腎や内分泌疾患も守備範囲です。透析は腎臓内科、腎移植は外科の先生が診療するところもありますが、医療機関によっては泌尿器科医が担当しています。救急では下腹部を蹴られてぼうこう破裂とか、バイク事故で精巣破裂といった外傷もありますが、頻度としては多くはありません。

 ◇高齢化で高まるQOL医療のニーズ

 加齢により尿の出が悪くなったり漏れたりする人は、高齢者の数に比例して当然増えてきます。また、前立腺がんも、ぼうこうがんも多くは高齢になってから発症します。前立腺がんPSA検査、ぼうこうがんの場合は尿に血が混じりますので自分の目で症状を見つけて病院を受診されます。私が医師になった頃は90歳でぼうこうがんと診断される人をほとんど見たことはありませんでしたが、最近では結構いらっしゃいます。ぼうこうがんはほっておくと血の塊が詰まって最後は尿が出なくなるので、相当つらいです。高齢者の増加とともに今後はもっと増えてくるでしょう。

 ◇先駆的な泌尿器科のロボット手術

 泌尿器の手術には主に開腹手術、従来の腹腔(ふくくう)鏡手術、ロボット支援腹腔鏡手術(以下、ロボット手術)があります。本邦では他科に先駆けて2012年に前立腺がんのロボット手術が保険適用となり、16年の時点では国内のロボット手術の9割以上が泌尿器科領域で占めるほど普及しました。22年4月に腎臓や副腎も適用となり、泌尿器科領域のがんにおいては、ほぼ全ての手術が保険適用となりました。

 ロボット手術は従来の腹腔鏡術では2次元でしか見えなかった患部を、3次元かつ拡大視野下で治療します。ロボットアームは狭いところに潜り込んで行う手術には非常に向いていて、逆に消化管のように広い範囲でアームを大きく動かすような手術はやりづらい。例えば、前立腺は骨盤の奥にあるので、開腹しても狭い空間なので、よく見えません。前立腺を摘出した後にぼうこうと尿道を吻合するのですが、結び目がしっかり見えるわけではないので最後に指で触って確認したりします。また腹腔鏡手術は見ることはできても2次元なので、術者は常に頭の中で3次元に構築しなければいけません。その上、思ったように針を動かすのは容易ではなく、極めて難易度が高い手術です。ロボットを使うことで、人間の手では絶対に不可能な繊細な動きにより、縫合操作も3次元でしっかり目で見て確実に行えるようになりました。手術中の出血が少なく、患者さんの回復が早いだけでなく、性機能の維持や排尿などの術後のQOLに関しても従来の方法に比べて回復率の改善や早期の回復が認められています。

 ◇ロボットにより難易度の高い手術が可能に

 さらに、ロボット手術の場合は、術中の患部の映像がモニターに大きく映し出せるというのが大きな特徴です。前立腺の開腹手術の場合、手元が見えるのは助手ぐらいで本当に難しいところになると、近くにいても術者の頭に隠れて中が全く見えません。ロボット手術は一番重要な場面を複数の医師や医療スタッフがクリアな画像で同時に見ることができます。

 前立腺がんのロボット手術は年間2万例に届く勢いで増えていて、症例が多いことから実績を積むための環境が整ってきています。外科を目指している人であれば誰でも一定のクオリティーの手術ができると言っても過言ではなく、上達するまでのラーニングカーブも短い。国内での導入当初は腹腔鏡手術を習得して移行する人が多かったのですが、前立腺がんでは、いきなりロボット手術から入れるようになっていることで一気に普及しました。ロボット手術がやりたくて、泌尿器科医を目指す学生さんも増え、近い将来、泌尿器領域のほとんどの手術がロボット手術に移行するのではないかと言われています。

 日本泌尿器科学会ならびに日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会が制定している「泌尿器ロボット支援手術プロクター認定制度」では、決められた症例数を経験した医師に対してプロクター(手術指導医)を認定し、インターネットで名簿を公開しています。

 ◇国産の手術支援ロボットにも期待

 国内の手術支援ロボットは1990年代にアメリカで開発された「ダヴィンチ」が独占していたのですが、初の国産ロボット「hinotori」が2020年に薬事承認され、泌尿器科領域が唯一保険適用となっています。まだ、導入している病院が少なく、私も使ったことはありませんが、日本製ということで日本人のこだわりが忠実に反映されていると思われますので、今後、期待したいところです。

 その一方、前立腺がんの場合、症状が出ないまま生涯を終えることも少なくありません。PSA検査の数値が高くても治療にはリスクが伴います。患者さんによっては医師が経過観察を行いながら過剰な医療を防ぐ、「監視療法」もスタンダードになりつつあります。

 ◇生殖医療専門の泌尿器科医が足りない

 泌尿器診療のニーズが高まる中で、本来は泌尿器科医が診るべき排尿障害も含めた全ての泌尿器疾患の患者さんを他科の医師が診ていることも多く、勤務医、開業医とも泌尿器科医が十分足りているという状況ではありません。

 私は生殖医療を専門としていますが、婦人科を含む1000人以上の生殖医療専門医のうち泌尿器科医はわずか80人(アクティブには50人程度)で、都市部に集中しています。不妊治療を受けている人が国内で約47万人(02年厚労省調査)です。不妊の原因の半分は男性にあり、男性不妊症患者の5~10人に1人は無精子症とされています。22年4月から今まで自費診療で行われてきた生殖補助医療では、受診を希望する患者さんが増加傾向にある一方、医療機関によっては泌尿器科の専門医不在のため、男性不妊症で専門性の高い治療が受けられない地域もあります。男性不妊の原因の3割と言われている精索静脈瘤(りゅう)は手術を行えば自然妊娠を目指すことも可能です。女性側に問題がなく、男性の精液所見に問題があっても大半は泌尿器科にアクセスせずに、体外受精や顕微授精を行っているのが現状です。

市川智彦医師

市川智彦医師

 ◇女性にとって働きやすい環境

 泌尿器科は昔は男性患者が多いというイメージから、女性が入りにくい科だったのですが、女性医師の増加と女性泌尿器科医のニーズが高まる中で、病院勤務の女性泌尿器科医の割合は1996年の2.9%から2020年には9.2%(「医師・歯科医師・薬剤師統計」厚生労働省)と増加傾向にあります。泌尿器科は他の診療科と比較しても一人前になるまでの期間が短く、救急の患者さんが比較的少ないため、突然、緊急手術が入ったから帰れなくなるということはほとんどありません。当直はあらかじめ調整できるので、子育てをしながらでも働きやすい環境だと思います。女性にどんどん入ってきてもらって、女性が働きやすい環境をつくっていくことは男性にとってもQOLが維持できて必要だと思っています。

 泌尿器科はニーズが高いので開業しても患者さんは来ますし、手術は局所麻酔で行えるものが多いので、診療所でも十分対応できます。勤務医であっても、地方の病院の場合は経営方針にもよりますが、新患の患者さんを予約制にして調整することで過剰に患者さんの対応に追われることはないと思います。

 ◇女性泌尿器科医の高いアドバンテージ

 前立腺がんは男性だけですが、腎臓がんやぼうこうがんは女性もかかり、副腎腫瘍のように女性の方が多いものもあります。尿失禁の治療においては薬だけでなく、外科的な治療を必要とする場合は女性医師が診ることによるアドバンテージが必ずあると思います。大病院には女性泌尿器科という専門外来を設置している病院が増えてきましたが、女性疾患を診るということではなく、「女性医師が診る」外来が増えていくことが望まれています。泌尿器科は外科に興味があり、家庭と両立させたいという人には特にお薦めです。

 ◇やりがいを持って働く医師をロールモデルに

 泌尿器科医は人間が一番隠したいと思っているところを最初に診るという仕事柄、オープンで人間味のあるユニークな先生が多いように思います。固定観念にとらわれず、若い人たちには新しい技術をどんどん習得してもらいたいと考え、積極的に背中を押しています。やりがいをもって楽しくイキイキと働いている医師をロールモデルとして、ぜひ見つけてほしいと思います。(了)

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