こちら診察室 よくわかる乳がん最新事情

第10回 遠隔転移なら薬物療法が基本
乳がんの進行抑え、QOLの維持・改善も目標に 東京慈恵会医科大の現場から

 ◇効き目がマイルドなホルモン療法薬

 乳がん薬物治療は、他のがんと同様に抗がん剤(細胞障害性抗がん薬)を使う化学療法のほか、女性ホルモンを抑えるホルモン(内分泌)療法、がん増殖などに関わるタンパク質を「狙い撃ち」にする分子標的療法があることは、これまでの連載記事でも紹介してきました。分子標的療法にはHER2タンパクを標的にした「抗HER2療法」と、それ以外の分子標的療法があります。

 ここでは、よく見られる「ホルモン受容体陽性、HER2タンパク陰性」の乳がんを例に取って、再発・転移したときの薬物療法の選択の流れを見ていきます。

 このタイプの乳がんは、緊急治療が必要でなければ、まずホルモン療法を行います。ホルモン療法は効果がゆっくりとマイルドに現れ、副作用が少なくQOLを維持しやすいという特徴があります。

 乳がんは女性の臓器(乳腺)のがんであり、60~70%の症例でがん細胞に女性ホルモンの受容体があります。この受容体に女性ホルモンが結合すると、がんが増殖してしまいます。逆に、女性ホルモンを抑えることで、増殖を止めることができます。

 ホルモン療法は閉経の前と後で治療が異なります。閉経前は「LH―RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アゴニスト製剤」で女性ホルモンのエストロゲンを作る卵巣機能を抑えたり、抗エストロゲン薬の「タモキシフェン」でがん細胞のホルモン受容体とエストロゲンの結合を邪魔したりします。閉経後は、卵巣の代わりに副腎や脂肪組織を介してエストロゲンが作られるのを妨げる「アロマターゼ阻害薬」や抗エストロゲン薬の「フルベストラント」が使われます。

 ◇ホルモン療法に分子標的療法の組み合わせも

 最近では、これらのホルモン療法に、細胞分裂を促進するタンパク質(酵素)である「CDK(サイクリン依存性キナーゼ)4」「CDK6」の活動を抑える「パルボシクリブ」「アベマシクリブ」などの薬を使う分子標的療法を組み合わせることが標準治療の一つとなっています。

 CDK4/6は、ホルモン受容体陽性の乳がんでは、過剰に作用することで細胞分裂を早めています。その活動を邪魔する「パルボシクリブ」などの併用により、治療はホルモン療法単独よりも高い効果を示します。

 この併用療法は、吐き気などの自覚症状を伴うような副作用が少ないため、第一選択の治療として用いられることが多くなっています。ただし、費用が高額という問題もあります。

 いずれにせよ、治療の目標を果たすため、ホルモン療法薬を上手に使い、なるべく抗がん剤は使わないようにするのが「ホルモン受容体陽性、HER2タンパク陰性」の薬物療法の流れです。次回は、HER2型乳がんや「トリプルネガティブ型」と呼ばれる乳がんが転移した場合の薬物療法などについて、紹介したいと思います。(東京慈恵会医科大学附属病院腫瘍・血液内科 永崎栄次郎)

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