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「その人らしさ」って何? 第18回

 ◇エスカレートする口撃

 精神科の医師に「一人暮らしは無理。一緒に住むか、施設に入れるしかない」と言われた長男夫妻は、同居を持ち掛けてみることにした。

 結果は、同居拒否。おまけに、「老人ホームにも絶対に入らないからね」と先回りの拒否宣言までされてしまったのだ。

 唯一の救いは、医師の勧めに従い介護保険の要介護認定を受けてくれたこと。ただし、認定結果が出るだけでは、事態は変わらない。そうこうするうちに時間だけが過ぎ、しゅうとめの「口撃」は嫁だけではなく、「隣の嫁が服を盗む」「向かいの主人に貸した100万円を返してくれない」「裏の家の息子が風呂をのぞく」などと、近隣にも向けられるようになっていった。

 ◇保養所

 長男夫妻は思案の果てに、認知症のグループホームを「保養所」と偽り、「お疲れのようだから、保養所に行きませんか?」と持ち掛けてみた。

 すんなりと承知するわけはない誘いだと思ったが、驚いたことに、保養所行きをしゅうとめは承諾した。

 保養所という名のグループホームへ入居したしゅうとめに、劇的な変化が訪れた。他者への口撃がぴたりとやんだのだ。

 そのグループホームは、認知症ケアでは評判が高く、入居案内には「その人らしい暮らしを実現します」と書いてあった。

 ◇借りてきた猫

 しゅうとめは保養に来たことなどすぐに忘れたらしく、「家に帰る」とは一度も言い出さなかったという。

 グループホームへの入居から2カ月後に面会に訪れた長男夫妻が一番驚いたのは、しゅうとめの変わりようだ。まるで、借りてきた猫のようにおとなしく、「寄子さん、よく来てくれたね」とまで言ったのだ。

 「さすがにプロのケアは違うものだ」と感心している夫の横で寄子さんは、ちょっと変な感じがした。それは、こんな違和感だ。

 「『物をとった』と私を口撃する義母は、少なくとも認知症になる前と“同じ人”だった。私に対する激しい口調は、バトルをしていた頃と変わらないものだった。でも、グループホームにいる義母は“別の人”。入居案内にあった『その人らしさ』って何なのかしら?」 (了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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