こちら診察室 アルコール依存症の真実

飲まない今だから語れること 第1回

 アルコール依存症は厄介な病気だ。その真実を最も伝えられるのは当事者の肉声だろう。本人や家族へのインタビューを中心に、アルコール依存症克服の困難さと回復への手がかりを考える。

親のアルコール依存症は子どもに深い傷を残す

 ◇赤裸々な体験談

 多くの本人や家族がインタビューに応じてくれた。2時間を超えて語る人もいた。インタビューが始まる前、本人である1人の男性に、「中島らもの『今夜、すべてのバーで』(講談社文庫)を読んだことがありますか?」と尋ねたことがある。同作品は、アルコール依存症であった作家本人の実体験を基にした私小説である。

 筆者の問いに男性は、「私の現実は、あんなに甘いものじゃありません」と答えた。インタビューが始まると男性の答えの意味が分かった。当事者から語られる赤裸々な体験談は、人それぞれ異なるが、いずれも想像を超えた壮絶さに満ちていた。

 ◇断酒か減酒か

 インタビューに応じてくれた本人たちは断酒の日々を重ねている人たちだ。家族は本人たちと絶縁した人たちだ。

 現在は、「断酒以外にアルコール依存症からの回復はあり得ない」とされていた治療に、「減酒」の考え方が加わっている。アルコール依存症治療で有名な国立病院機構久里浜医療センターが、2019年に「減酒外来」を開設するなど、減酒を治療の選択肢として提示する医療機関も出始めた。しかし、減酒はあくまでも、比較的軽症な依存症や断酒に導くプロセスに有効とされる治療法だ。

 アルコールが原因となり、自身の心身面や家族・社会関係に深刻な問題が発生している場合は、やはり断酒が唯一のゴールとなる。それは、生き延びるためのゴールでもあり、記事に登場する本人たちは、断酒するしか選択肢がなくなった人たち、つまり「飲んだら終わり」な人たちだと言える。

 ◇秀逸な定義

 どんな人たちが「アルコール依存症」と診断されるのか。厚生労働省では「長期間多量に飲酒した結果、アルコールに対し精神依存や身体依存をきたす精神疾患」(e-ヘルスネット)としている。その他、さまざまな定義があるが、ここでは、作家のなだいなだ氏の定義を推奨する。精神科医でもあったなだ氏は、亡くなった年に発行された書籍で、アルコール依存症患者を「さまざまな理由から、非常に難しいものである断酒をしなければならないところに追い込まれた人たち」と定義した(なだいなだ・吉岡隆『アルコール依存症は治らない《治らない》の意味』(2013年、中央法規)。言い得て妙な定義だと思う。

 アルコールをなぜ飲み始め、どのように酒害地獄の扉が開き、いかにして地獄の深みにはまっていったのかについては、おいおいつづっていくこととして、連載の第1回目は、各インタビューの終盤に、本人たちが語った「飲まない今だから語れること」を紹介する。

 ◇後悔する人

 アルコール依存症になれば、家族関係に大きなきしみが生じる。離婚や別居に至るケースは数多く、子どもがいれば、その心に深い痛手を負わせることになる。それに気づいた親は深い後悔に沈む。

 高校卒業後に就職して飲み始め、25歳で結婚、31歳で娘を出産した女性がいる。45歳で離婚。子どもは引き取ったが離婚後も酒を飲み続けた。悪戦苦闘の果てに断酒に至った今、自分の子育てを振り返る。

 「娘の成長過程で一番大切な時に、いつも入院していました。高校入学の時、社会人になる時、結婚の時、出産の時。飲まなくなったある日、娘から言われました。『飲んでいるお母さんを見ている私は、どんなにみじめだったか。私、お母さんに甘えたかった…』。ごめんなさいとしか返す言葉がありません」

 15歳から本格的に飲み始めた男性は、一人前の大人になった気分になれる酒を手放せなくなった。大学時代は、コンパや飲み会にと率先して仲間を誘って飲んでいた。卒業後は会社帰りに毎日飲み、28歳で結婚、翌年には戸建て住宅を構え、息子も2人できた。34歳で独立し、事業は好景気の波にも乗り、好調だった。ところが、過度のアルコール飲酒とともに事業は傾き、家庭は荒れ、離婚して息子たちは妻に引き取られた。まさしく生死の境目をさまよった後に酒を断った。やはり、子どもたちへの思いは募る。

 「酒を飲むために子どもの貯金箱の金を盗んだ私です。酒をやめるきっかけは、自分の無力さを知ったことだけど、やめ続けている大きな力は、子どもたちへの償いのためかもしれません。子どもたちは機能不全の家庭で育ちました。痛んでいるはずです。でも、あれだけつらい思いをさせたのに、子どもたちは酒を飲まない私にやさしく接してくれます。なぜなのか…。その答えを見つけること、子どもたちの痛みや悲しみをもっと深く身体に刻むこと、これからの私の仕事です」

 ◇しらふで見る世界

 アルコールの底なし沼から、なんとかはいずり上がって来た人たちは、しらふであることのありがたみをしみじみと味わっている。3人の男性はそれぞれにこう語る。

 「今は、しらふの頭のなかで、悩んだり、苦しんだり、悲しんだりできる…。それが喜びです。飲まないから、悩み、苦しみ、悲しさが本物なんです」

 「自分の中にコンプレックスとか、解決の難しい問題がたくさんあって、それを忘れさせてくれたのが酒でした。酒に逃げていたんです。でも、酔いがさめれば元に戻ります。飲まない今は、苦しいこともあるけれど自分で解決しようと思うようになりました」

 「私は、しらふの『アル中』として生きていこうと思いました。なぜなら、しらふの方が、生きていくのが楽だと気づいたからです」(了)

 佐賀 由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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