虫垂炎(盲腸炎)〔ちゅうすいえん(もうちょうえん)〕 家庭の医学

 虫垂は虫垂突起ともいわれ、盲腸から突出した長さ約5~7cmの細長い管腔で、退化した臓器の一つです。この虫垂に炎症が合併したものが虫垂炎(俗にいう盲腸炎)で、虫垂を切除しても障害はないと考えられています。
 虫垂炎は、突然おなかが痛くなる疾患のなかで、もっとも頻度の高いものです。どの年齢層にもみられますが、乳児にはまれで、幼児期以降、特に10歳代後半から20歳代に多くみられます。盲腸が固定されていないために右下腹部痛を起こす「移動盲腸」も、虫垂炎にかかりやすいといわれています。


[原因]
 糞便(ふんべん)、タネなどの異物、先天的な形態異常、腫瘍、感染症により虫垂の内腔(ないくう)がふさがり、そこに細菌が増殖して炎症が起こると考えられています。また、生活環境にも関係があり、先進国に多く、過労や暴食のあとにも多い傾向があります。

[症状]
 腹痛、発熱(37℃台の微熱)、吐き気、嘔吐(おうと)などで発症しますが、腹痛がもっとも重要な症状です。初期はおなか全体、特にみずおちに痛みをうったえ、24時間以内に右下腹部に痛みが移るのが典型的な例です。また、虫垂の先端が背中側にくっついている場合は、歩行時に右下腹部の痛みが強くなることや、腰痛を伴うこともあります。
 おなかの力を抜けないほどの痛みや、右下腹部を押さえてから急に放すと痛みが強くなるときは炎症が虫垂壁を越えてその周囲まで及んでいる可能性が高く、緊急に手術をおこなう必要があります。
 発熱は、必ずしも虫垂の炎症の程度をあらわしたものではありません。炎症が虫垂だけに限局していれば、発熱という全身反応が起きないことがあります。逆に急に高熱になり、痛みの範囲が右下腹部から腹部全体にひろがり、痛みの程度も強くなった場合、炎症によって虫垂の壁に孔(あな)があき、うみがおなかの中にひろがり、腹膜炎を起こしている可能性が高いと考えられます。しかし、高齢者の場合は、たとえ腹膜炎を起こしていても、発熱しないことがあるので注意が必要です。
 吐き気・嘔吐は虫垂炎による周囲への刺激で起こるので、ある程度の強い炎症が起こっていることが疑われます。炎症に伴い腸の運動が低下して便秘などの便通異常をきたすこともあります。

[診断]
 痛みが腹部全体やみずおちに始まり、しだいに右下腹部に移動して、吐き気、嘔吐、発熱をみとめた場合、虫垂炎の可能性があります。採血、腹部単純X線検査、CT(コンピュータ断層撮影)検査、腹部超音波(エコー)検査などで総合的に診断されます。
 採血では、からだの炎症の程度をあらわす白血球数や炎症反応たんぱく(CRP)の値が重要です。炎症が起こると、早期に白血球が増加し、急性虫垂炎の場合、約90%で1万/μL以上の値を示すといわれます。この値が治療法を決定する一つの目安となります。
 炎症が強くなると周囲の小腸がまひを起こして、X線検査で異常なガス像をみとめることがあります。
 CTや超音波検査も診断に有効で、虫垂がはれているか、虫垂壁が厚くなっているか、まわりにうみがたまっていないかを画像で診断します。うったえのあいまいな子ども、精神障害者、症状があらわれにくい高齢者では、CTや超音波検査が診断のよりどころとなります。
 右下腹部に痛みを伴う疾患には、虫垂炎のほかに急性腸炎や右尿管結石、結腸憩室(けいしつ)炎、子宮外妊娠破裂、卵巣嚢腫茎捻転(のうしゅけいねんてん)などがあり、症状や検査でこれらの疾患と区別する必要があります。

[治療]
 内科的治療、いわゆる「盲腸を散らす」か、外科的治療をするかは、症状、腹部診察所見、検査の結果など、炎症の程度を総合的に判断して決定します。症状が強く、炎症所見も強ければ手術をおこないますが、最近では、入院期間も短く、傷あとが小さくてほとんどわからない腹腔鏡下手術が主流となってきています。
 症状が軽微で検査でもそれほどの異常がなければ、まず安静を保ち、食事制限、補液、抗菌薬などの内科的治療で治ることもあります。また、腹痛をみとめる右下腹部を皮膚の上から冷やす(鎮痛や細菌の増殖、炎症の波及を抑えるのが目的)ことも有効です。
 これまで述べた虫垂炎は典型的なもので、ほかにも特殊な虫垂炎があります。
●乳幼児虫垂炎
 うったえがはっきりとせず、感染への抵抗性が弱いため発見が遅れがちで、虫垂に孔があくこと(穿孔〈せんこう〉)が多く、また成人にくらべて高熱や脱水をきたすため注意が必要です。
●老人虫垂炎
 高齢者も感染に対する生体の反応が弱く、症状がはっきりしない間に病状が悪化するため、孔があくことが多く、しばしば重篤な状態におちいりやすく、注意が必要です。
●妊娠虫垂炎
 妊娠中は腹痛などの症状がはっきりしないことが多く、また、虫垂が子宮に押されて位置が動くため(右上側が多い)診断が遅れます。
●慢性虫垂炎
 長期間にわたってくり返し、または持続する軽度虫垂炎で、腹痛もそんなにひどくありません。しかし虫垂を切除すれば、そのうったえはなくなります。

(執筆・監修:医療法人社団哺育会 桜ヶ丘中央病院 外科部長 榎本 雅之)
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