家での死の看取り 家庭の医学

 死亡場所を統計的にみると、1980年までは、病院での死より家での死が上回っていました。しかし、国民皆保険となり、医療が充実し医療機関の数が増加するに従って、日本人が最期(さいご)をむかえる場所は、自宅ではなく医療機関となっていきました。そして死は、密室化し、日常の生活や家族から離れた、非日常性のものになっていったのです。
 かつて、子どもたちは、生命の尊厳や死について、家族の死から学んでいましたが、核家族化が進んだことや、自宅での死が、まれなことになったいま、生命について経験的に学ぶ機会を失ってしまいました。いまでは、家で亡くなる人はわずか14%にしかすぎません。

■家での死を選択するための情報収集
 治療法がないならば、または、いまさらつらい治療を受けたくないと考え、自分の家で自分らしい暮らしをしながら、最期をむかえたいと望む人もふえています。
 現代は、自分で自分の死をつくる時代ともいわれています。人生の最期のむかえかたを、自分の意思で選択する―そのためには、さまざまなサービスが整備された、ヘルスケアシステムが必要です。それは、病院で、緩和ケア病棟で、福祉施設で、自宅で、いろいろな場所で、死をむかえることができるシステムです。
 また自分の死のむかえかたを、自分の意思で選ぶためには、元気なうちから情報収集をしておくことが重要です。本を読む、インターネットでさがす、講演会で話を聞くなどいろいろな方法があります。
 家での看取(みと)りが現実のものになり、具体的なサービスについて聞きたいときの相談先には、次のようなところがあります。地域包括支援センター、訪問看護ステーション、保健センター、役所の総合相談部(保健課、福祉課の場合もあります)、かかりつけ医などです。
 また病院のなかにも、退院後のことについて、相談を受ける部署があります。地域連携室、退院支援サービスセンター、総合相談室など、さまざまな呼び名がありますが、退院後の医療のことや、医療費、福祉サービスなどについてさまざまな相談にのってくれます。

■家での死の看取りを可能にするために
 家で自分らしい生活をつらぬいて、自分らしい死にかたをしたいと願っても、重症でそれも死に向かっている状況では、支援する人と支援するシステムが必要です。
 以下の条件をととのえる必要があるでしょう。

 1.訪問診療をする医師
 2.訪問看護師の訪問
 3.医療以外のサービス(訪問介護、医療機器、福祉用具など)
 4.24時間いつでもサービスが受けられること
 5.医療機関と連携したサービスであること
などです。

 訪問診療をしていつでも相談にのってくれる医師、できれば死までにあらわれる、いろいろな症状(呼吸困難、痛み、からだのだるさなど)に対して、症状の緩和をきちんとしてくれ、本人のつらさや家族のたいへんさを、親身に聞いてくれる医師が望ましいと思います。定期的な訪問診療に加え、急に必要となったときには往診をしてくれるところがよいでしょう。亡くなったときは、家まできて、死亡確認をしてもらえることを、確認しておきましょう。
 死にゆく人の日常の世話は、家族だけではたいへんです。医療的な専門知識をもったうえで、身体を清潔に保ち、排泄(はいせつ)など日常生活の支援をしてくれる、訪問看護師は欠かすことはできません。また介護や家事を助けてくれる、訪問介護(ホームヘルパー)の助けもかりるとよいでしょう。
 以上のようなサービスは、介護保険や医療保険が使えますから、くわしくは相談してみてください。

■家での死の看取りの実際
 家で実際に家族の死を看取った経験がない人のために、死はどのようにして訪れるか、死までの変化について説明します。これらのことを知らなければ、呼吸の状態がおかしいと思うかもしれませんが、死にゆく人にとっては、自然な死への過程です。あわてて救急車を呼んでしまうと、望んでいたような看取りができないかもしれません。以下のような状況に気づいたときは、往診医か訪問看護師に連絡しましょう。

□お別れが近づいてきたサイン
 死が近いということは、どのようにすればわかるのでしょう。長年経験を積んだ医師でさえ、人の命がいつ終わるかを、いいあてることはむずかしいことです。しかし、以下に示したサインがあれば、死が近づいたと考えることができます。すべてが一度に起こることではありませんし、起こらないこともあります。

1.傾眠がちになる
 だんだん寝て過ごすことが多くなります。からだの代謝がわるくなるために、生じてきます。無理に起こす必要はありません。死にゆく人のからだが要求している眠りです。

2.手足が冷たくなる
 腕や足は徐々に冷たくなります。そして床に接している皮膚の色は紫色になってきます。これらのことは、からだの血流がわるくなったためです。湯たんぽや毛布などであたたかくすることも方法ですが、あたたかい人の手でマッサージすることが、気持ちがよいようです。

3.落ち着きがなくなる、おかしなことをいう
 からだがだるくて、身の置き場がなくなり、じっとしていられず、終始手足を動かしたり、落ち着きがなくなります。また、時に見えない人や物が見えるというようになります。
 これらのことは、脳へ酸素が十分にゆきわたらなくなり、からだの代謝が衰えてくることで生じます。背中や手足をさすってあげてください。足がだるそうなときは、足元に座布団を折って入れたり、クッションで高くすると、すこし楽になります。
 おかしなことを言うときには、あわてて否定せず、落ち着いて、話しかけるようにしてください。

4.食べなくなる
 死が近づいている人のからだは、食べたり飲んだりすることに、エネルギーをさかないように、飲食することをだんだん要求しなくなってきます。死にゆく人のからだは、もはや食物を必要としていないのです。
 そして飲み込むこともできなくなると、むせたり、気管に入ってせき込んだりすることがあります。このような場合は、食べ物や飲み物、そしてのみ薬をあげずに口の中やくちびるを湿らせてください。また食べないと口の中が不潔になります。スポンジブラシ(使い捨てで、口腔内を清拭〈せいしき〉できる)や綿棒(市販のものは小さいので、割りばしに脱脂綿を巻きつけたものを使う)、ガーゼなどで口の中をふいてください。

5.呼吸が不規則になる
 呼吸が不規則になったり、10~30秒間、呼吸をしなくなることがあります。これは循環機能が弱くなってきているために、起こることです。この呼吸は、しばらく続きますが、肩や下あごを使って息をするようになると、本当に死が近いことを示しています。
 息をするたびに、苦しそうに声が出ることがあります。これは死前喘鳴(ぜんめい/ぜいめい)といって、のどがむくんできたり、のどにけいれんが起こって出てくるものです。介護している者には、苦しそうに見えますが、患者さんは、苦痛を感じる機能が低下してきていますので、苦しくはないのです。

6.尿量が減る、尿失禁や便失禁をする
 死が近づくにつれて、尿の量が少なくなり、色が濃くなり、回数も減ります。また排泄のコントロールができなくなり、尿や便を漏らしてしまうことがあります。

7.聴力は最後まで残る
 徐々に患者さんは、まわりのことが見えにくくなり、聞こえにくくなりますが、最後まで、かけられたことばを聞き取ることができます。患者さんの耳元に座り、話しかけましょう。
 以上のことを理解しておけば、あわてないで、安心して家での看取(みと)りをすることができるでしょう。

(執筆・監修:聖路加国際大学大学院看護学研究科 准教授〔在宅看護学〕 竹森 志穂)