ドイツ・Ruhr University BochumのNadine Bast氏らは、多発性硬化症(MS)の妊婦データを前向きに収集しているGerman Multiple Sclerosis and Pregnancy Registry(DMSKW)を基に、MSに対する疾患修飾薬(DMT)への曝露が、妊娠や新生児の転帰に及ぼす影響を検討。「妊娠中のDMTの曝露による妊娠転帰の著明な悪化は認められなったが、新生児の発育遅延は一般住民よりも多く見られた」とLancet Reg Health Eur (2024年12月2日オンライン版)に報告した。

妊娠中のDMT曝露の安全性データは不十分

 過去20~30年でMSに対する新しいDMTが多数承認されたが、妊娠中の曝露に関する安全性データは限られている。MSは出産可能年齢の女性に多いことから、欧州医薬品庁(EMA)は1,000例以上の妊娠について第1トリメスターにおけるDMT曝露と妊娠転帰のデータを求めているが、この要件を満たしているのは、昔からあるインターフェロン(IFN)- β製剤やグラチラマー(GLAT)のみである。

 Bast氏らは2006年11月~23年6月のDMSKWから、今回の研究の組み入れ基準を満たす妊婦3,722例のデータを抽出。妊娠期間中のDMTへの曝露の有無で曝露群(2,885例)と非曝露群(837例)に分類した。曝露群については、DMTの種類によりさらにModerately-effective DMT〔 IFN-β(807例)、GLAT(596例)、terifunomide(TFL、35例)、フマル酸ジメチル(395例)〕、Highly-effective DMT〔スフィンゴシン1リン酸受容体機能的アンタゴニスト(S1P調整薬、167例)、抗CD52抗体アレムツズマブ(ALZ、22例)、抗α4インテグリン抗体ナタリズマブ(NTZ、674例)、抗CD20抗体(168例)、クラドリビン(CLAD、21例)〕に分けて検討した。

一部のDMT曝露例では重症感染症や抗菌薬使用が増加

 曝露群の大半(78.3%)は妊娠の7.4週間(中央値)前あるいは第1トリメスター〔妊娠週数4.4週(中央値)〕中にDMTを中止した。11.3%は妊娠期間中もDMTを続けたが、ほとんどがIFN-β、GLAT、NTZだった。妊婦への投与が禁忌であるS1P調整薬またはTFLの継続は大半が意図的なものではなかった。

 3,722例中、子宮外妊娠(extrauterine pregnancy ;EP)、選択的中絶(elective termination;ET)、死産(stillbirth;SB)はそれぞれ5例(0.1%)、21例(0.6%)、4例(0.1%)とまれであり、両群に差はなかった

 妊娠期間中の重症感染症全体としては少なかった(1.6%)が、フマル酸ジメチル曝露群とALZ曝露群では、DMT非曝露群に比べ、罹患率がそれぞれ有意に高かった(2.8% vs. 1.0%、P=0.03;9.1% vs. 1.0%、P=0.02)。

 抗菌薬の使用はDMT非曝露群に比べ、第2トリメスターでのNTZ曝露群〔オッズ比(OR)2.47、95%CI 1.47~4.05、P<0.001〕、第3トリメスターでのNTZ曝露群(同1.75、1.15~2.63、P=0.01)、および抗CD20抗体曝露群(同2.16、1.41~3.29、P<0.001)で有意に多かった

児の成長は全体的に遅い

 生産児3,498例のうち12カ月の追跡データが得られたの3,048例で、116例(3.8%)に先天性大奇形(major congenital anomaly;MCA)が見られたが、発生率に各群間で有意差はなかった。ただし、数値的にはTFL曝露群(12.0%)とALZ曝露群(10.5%)で高かった。

 出生体重はS1P調整薬曝露群(β -132g、95%CI -205~-60g、P<0.001)と第3トリメスターでのNTZ曝露群(β -74g、-138~-9.4g、P=0.02)で有意に低かった

 在胎不当過小(SGA)児は、S1P調整薬曝露群(OR 1.65、95%CI 1.07~2.50、P=0.02)、抗CD20抗体曝露群(同1.54、1.01~2.32、P=0.04)で有意に多く、全体(651例、18.8%)でもドイツの一般人口におけるSGA率(10%)よりは多かった(P<0.001)。

 以上の結果を踏まえ、Bast氏らは「妊娠中にDMTに曝露しても妊娠転帰に悪影響はなかった。Highly-effective DMTであるS1P調整薬、抗CD20抗体、第3トリメスターにおけるNTZ使用はSGAリスクの上昇と関連を認めたが、その病理学的機序は現時点では不明である」と結論。「感染症リスクやMCAについてはさらなる研究が必要である」と付言している。

 
(医学ライター・木本 治)