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肝がん早期診断の新規⾎液バイオマーカーとして⾎清PKCδを同定
~既存マーカー陰性例でも陽性例があり肝がん早期発⾒や予後向上に期待~ 東京慈恵会医科⼤学

 東京慈恵会医科⼤学・内科学講座・消化器・肝臓内科の及川恒⼀講師と猿⽥雅之教授の研究グループは、同⽣化学講座の⼭⽥幸司講師と吉⽥清嗣教授および同総合医科学研究センター・基盤研究施設の坪⽥昭⼈教授との共同研究により、肝細胞がん(Hepatocellular carcinoma: HCC) 患者の⾎清中に存在するタンパク質「プロテインキナーゼ C デルタ (PKCδ)」が新規の早期診断バイオマーカーとして有⽤であることを明らかにしました。早期発⾒により肝がんの予後の向上が期待できます。

 本成果は、2022 年8 ⽉4 ⽇(⽶国時間)に国際科学誌「Gastro Hep Advances」にオンライン掲載されました。

 ① ポイント
・⾎清PKCδ の肝細胞がん HCC 診断における新規バイオマーカーとしての有⽤性を確認し、既存マーカーを補完するだけでなく、新規の診断バイオマーカーとして有⽤性が⾼いことがわかりました
・⾎清PKCδの測定により、早期診断が困難であった肝がんの発⾒を早められる可能性が明らかになりました

 ② 研究の背景と概要

 肝がんは全世界でがん関連死亡の第4 位を占め、わが国でも年間約3 万⼈が死亡し、5年再発率が70-80%に達する予後不良のがんであることが知られています。しかしながら早期発⾒されれば根治治療が可能となり予後が期待できることから、肝発がんの早期スクリーニングや術後再発サーベイランスを向上させることは肝がん根治や治療成績向上に⼤きな影響を与えると考えられています。

 現在、臨床で主に使⽤される肝がん腫瘍マーカーであるAFP やPIVKA-II (DCP)は、いずれもがんの病期 (ステージ) が進むにつれて上昇するものの早期には陽性にならず、それらの感度は早期診断のためには満⾜のいくレベルではありません。また腫瘍マーカー陰性となる症例が約20 %も存在します。特に近年増加傾向にある⾮アルコール性脂肪肝炎 (NASH) 肝がんではウイルス性肝がんと⽐べ既存の腫瘍マーカーの陰性率が⾼く、ウイルス性とは異なる肝がんサーベイランス法が確⽴していないことから巨⼤かつ進⾏がんで発⾒されることが少なくないのが現状です。これらの腫瘍マーカー陰性患者では、定期的サーベイランス以外での肝がん精査に必須である画像検査を施⾏する機会が失われ、結果として早期発⾒されず進⾏がんで発⾒される症例が多数存在することが問題となっていました。

 本研究グループはこれまでに基礎研究において、細胞内にのみ存在するとされていたPKCδ が、(1) 肝がん細胞で特異的に細胞外分泌され、この機構にautophagy が関与すること (2) IGF-1R やEGFR を介したErk1/2 やSTAT3 等の増殖シグナル活性化により細胞増殖高進に寄与すること (3) 抗PKCδ 抗体投与により腫瘍増殖が抑制されることを発⾒し、肝がんの発がんや腫瘍形成に関わる重要な分泌タンパク質であることを世界で初めて明らかにしてきました (Cancer Res, 2021 81(2):414-425., Cancer Sci,2022 113(7):2378-2385., PNAS, 2022 119(36):e2202730119)。

 そこで、本研究では実臨床での肝がんのなかでも約90%以上を占める肝細胞がん HCC診断において新規バイオマーカーとしての⾎清PKCδ の有⽤性を検証しました。

 ③ 研究の成果と意義

 健常⼈9 例、慢性肝疾患74 例、治療前HCC108 例の⾎清PKCδ をサンドイッチELISA法 (注1) で測定し、HCC 診断能を解析するとともに既存マーカーであるAFP/PIVKAIIと⽐較検討しました。

 HCC 群の⾎清PKCδ (中央値、46.9 ng/mL) は健常⼈や慢性肝疾患患者群 (慢性肝炎肝硬変患者) と⽐較して有意に⾼値でした [健常⼈群 (中央値、27.0 ng/mL, 慢性肝疾患群 (中央値、37.9 ng/mL)、P < 0.001]。⾎清PKCδ のHCC 診断能 (CLD 群対照)のROC 解析 (注2) ではcutoff 値 57.7ng/mL、AUC 0.686、感度38.0%、特異度97.3%であり、AFP >20 (AUC 0.641、感度29.6%、特異度98.6%)、PIVKA-II >40 (AUC 0.716、感度50.0%、特異度93.2%)と有意差はなく、HCC 診断能は既存の腫瘍マーカーと同程度であることが判明しました。またPKCδ はAFP/PIVKA-II と相関はなく、AFP(-)PIVKA-II (-) HCC 群のPKCδ 陽性率は42.5%であり、既存マーカーとは異なる特性を有すると考えられました。さらに、既存マーカーとの組み合わせによりHCC 診断能が向上することが⽰されました (図1)。

図1

図1

図1 健常⼈、慢性肝疾患患者、肝細胞がん患者における⾎清PKCδ 値分布 (左)
および既存マーカー陰性肝細胞がんにおけるPKCδ 陽性率 (右)
肝細胞がんでは健常⼈や慢性肝疾患と⽐較して統計学的有意にPKCδ 値である。
既存マーカー陰性肝細胞がんにおけるPKCδ 陽性率は42.5%で、これらの組み合わせにより診断能が⾼くなる。

 さらに特筆すべきは、単発かつ最⼤腫瘍径20mm 以下HCC 群 (BCLC stage 0; very early stage に相当n = 20)では、PKCδ の陽性率は45.0%と最も感度が⾼いことです。⼀⽅で既存マーカーであるAFP、PIVKA-II の陽性率はそれぞれ15%にとどまり、AFPとPIVKA-II を組み合わせて⽤いてもPKCδ の診断能を超えることはありませんでした (図2)。さらにPKCδ は3 つのマーカーの中でAUC 0.762 と最も⾼値を⽰しました。従って、⾎清PKCδの測定により、これまで早期診断が困難であった症例に対して肝がん罹患(りかん)の発⾒を早めることができる可能性があると考えます。

図2

図2

図2 病期における⾎清PKCδ および既存マーカーの陽性率
既存マーカーであるAFP/PIVKA-II 陽性率は病期が進⾏するにつれて陽性率が上昇するが、PKCδ は各病期である⼀定の陽性率を占め、特に超早期に相当するBCLC ステージ 0 (注3) での陽性率が既存マーカーと⽐較して⾼い。

 ⾎清PKCδ はHCC で特異的に⾼値であることから、既存マーカーを相補的に補完するだけでなく、早期発⾒が困難なAFP/PIVKA-II 陰性HCC や早期HCC 患者を特定できる新規診断バイオマーカーとして有⽤性が⾼いことが⽰され、肝がんの予後の向上が期待されます。

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