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子宮内胎仔に移植した胎仔腎臓による継続的な尿の生産を実証
−異種間の移植でも腎臓が発育したことを確認−

 東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 森本啓太博士課程学生、山中修一郎助教、横尾隆教授らの共同研究グループは、げっ歯類において、胎仔[注1]腎臓を子宮内胎仔の体内に移植することに成功し、出生後に移植した胎仔腎臓が継続的に尿を産生することを実証しました(図1)。さらに、マウスの胎仔腎臓を別の子宮内のラット胎仔に移植し、移植した胎仔腎臓が異種間でも良好に発育することを実証しました。これは、ポッター症候群という先天性腎疾患胎児にブタ胎仔腎臓を移植することで救命する日本独自の異種移植研究の礎となる成果になります。

 ポッター症候群は、胎児期に自身の腎臓が正常に発育せず、羊水が不足することで引き起こされる病気です。自身の腎臓を完全に欠いたポッター症候群胎児は、現在の医療では救命することができません。当研究グループは、ポッター症候群胎児を救命することを目的として、ブタ胎仔腎臓を移植するという日本独自の異種移植研究を進めております。

研究成果

 本研究では、げっ歯類において、子宮内胎仔への移植に成功しました。GFP(Green Fluorescent Protein)という緑色に光るラットの胎仔腎臓を摘出し、針の先端に入れ、別の子宮内のラット胎仔に移植しました(図1)。仔は4日後に自然分娩で生まれ、出生後、移植した胎仔腎臓は大きく成育しました(図2)。生まれた仔の体内で移植した胎仔腎臓は尿を作り始めました。作られた尿を穿刺吸引にて体外へ排出し、胎仔腎臓からの尿産生が150日間継続することを実証しました(図3)。さらに異種での検討として、マウスの胎仔腎臓を別の子宮内のラット胎仔に移植し、移植した胎仔腎臓が良好に発育することを実証しました。

今後の取り組み

 臨床応用を目指し、ヒトと同等のサイズであるブタ胎仔を用いた実験を行っており、さらに、ブタ胎仔腎臓を非ヒト霊長類の子宮内胎仔に移植する実験を進めてまいります。

 本研究成果は「Communications Biology」に掲載され(2025年3月Volume 8, pages 349)、web版が2025年3月3日に公開されました。https://rdcu.be/eb0bI

主要メンバー:

・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 博士課程学生 森本啓太

・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教 山中修一郎

・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 教授 横尾隆

・国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター センター長 和田誠司

・国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 胎児診療科 診療部長 小澤克典

研究の詳細

1. 背景

 ポッター症候群は、胎児期に自身の腎臓が正常に発育せず、羊水が不足することで引き起こされる病気です。程度はさまざまですが、ポッター症候群は約4,000人に1人の割合で発生します[注2]。自身の腎臓を完全に欠いた重症のポッター症候群胎児では、母体内で胎児死亡となるか、出生直後に肺の低形成[注3]のため死亡します[注4]。胎児期に体外から羊水を注入し補う試みが以前よりなされておりますが、それにより肺の低形成を防いだとしても、正常に機能する腎臓がないため、出生後すぐに透析が必要となります。しかし、ポッター症候群の新生児は未熟であったり、合併症の影響で安全に透析を開始できなかったりすることが多く、その結果、現在の医療をもってしても極めて高い死亡率となっております[注4]。そこで我々は、透析を安全に行うまでの橋渡しとなる治療法の開発を目指し、胎児期にブタ胎仔腎臓を移植するという日本独自の異種移植を考案しました。我々は以前より、胎仔腎臓を別の大人の動物に移植する検証を行っておりました。しかし、胎仔腎臓を子宮内の胎仔に移植した際、胎仔腎臓が拒絶されずに成育するのかは不明であり、これまでに報告もされておりません。本研究では、げっ歯類において、ラットの胎仔腎臓を別の子宮内ラット胎仔に移植し、その成育や尿産生を評価しました。さらに、異種での検討として、マウスの胎仔腎臓を子宮内ラット胎仔に移植し、その成育を評価しました。

2. 手法

 GFP(Green Fluorescent Protein)という緑色に光るラットの胎仔腎臓を摘出し、針の先端に入れ、別の子宮内のラット胎仔に移植しました(図1)。

3. 成果

 仔は移植した4日後に自然分娩で生まれ、出生後、移植した胎仔腎臓は大きく成育しました(図2)。作られた尿を穿刺吸引にて体外へ排出し、胎仔腎臓からの尿産生が150日間継続することを実証しました(図3)。この移植した組織を解析したところ、拒絶反応は認められず、ラット-ラット間での胎仔腎臓移植における免疫学的な利点を明らかにしました。これは、胎仔という免疫系が未熟な段階に移植を行ったためと考えられます。さらに異種での検討として、マウスの胎仔腎臓を別の子宮内のラット胎仔に移植し、移植した胎仔腎臓が良好に発育することを実証しました。

4. 今後の応用、展開

 本研究では、胎仔腎臓を移植臓器として用いた子宮内胎仔への移植手法を確立し、胎仔への移植に成功、さらに継続的に尿を産生することを、世界で初めてラット-ラット間移植において実証しました。尿の産生が最長150日間継続し、この期間は、げっ歯類の寿命を考慮すると、ポッター症候群のヒト新生児における透析開始までの橋渡し期間として十分であると考えられました。さらには胎児期に移植することの免疫学的な利点を明らかにし、拒絶反応が問題となる異種移植に向けた大きな利点となると考えられました。現在、臨床応用を目指し、ヒトと同等のサイズであるブタ胎仔を用いた実験を行っており、さらに、ブタ胎仔腎臓を非ヒト霊長類の子宮内胎仔に移植する実験を進めてまいります。本研究は、現在有効な治療法が存在しないポッター症候群胎児に対する新たな治療法開発に向けた重要な礎となります。

5. 脚注、用語説明

注1 胎仔:ヒトではない動物の胎児を“胎仔”と記載いたします。

注2 Shastry S. M., Kolte S. S. & Sanagapati P. R. Potter’s sequence. J Clin Neonatol. 1, 157-159 (2012). より引用しました。

注3 肺の低形成:ポッター症候群胎児では、腎臓が正常に機能せず、尿が主成分となる羊水が不足します。羊水は胎児期の肺の成長に重要な役割を果たすため、羊水が不足することで肺がうまく成長できなくなります。

注4 Miller J. L. et al. Neonatal survival after serial amnioinfusions for bilateral renal agenesis: the renal anhydramnios fetal therapy trial. JAMA. 330, 2096-2105 (2023). より引用しました。

注5 クレアチニンクリアランス:腎臓の機能を表す指標の1つです。

以上



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