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10代の人たちに知ってほしい体のこと
~「スポーツ×生理」~ 女性アスリートが語るYouTube番組「1252プロジェクト」

 伊藤 生理痛を我慢している選手もいっぱいいると思います。

 能瀬 鎮痛剤やピルがドーピングに引っかかるんじゃないかとか、癖になるんじゃないかと思い込んで、我慢して使用しない人もいますよね。誤った知識を持った人たちに対して、私たち産婦人科医も正しい情報提供をしていかなければいけないのですが、アスリートに限らず学生さん、特に10代から正しい知識を伝える健康教育の必要性を感じています。

左:「生理痛を我慢している選手もいっぱいいる」と伊藤さん 右:「気になったら、すぐにでも相談を」と能瀬医師

左:「生理痛を我慢している選手もいっぱいいる」と伊藤さん 右:「気になったら、すぐにでも相談を」と能瀬医師

 ◇“1252”は生理のことを話せる場所

 伊藤 「1252プロジェクト」は10代の学生さんに対して正しい情報を届けることがコンセプトにあります。プロジェクトタイトルの “1252”は1年52週間のうち12週間は生理期間、月経期間と言われている不快な時間があるということを表しています。プログラムに参加した学生さんからは、自分の生理の症状を話せる場所があるだけで、すごく気が楽になったという感想をいただいていますので、このプロジェクトで盛り上げていきたいと思っています。

 能瀬 私たち医療関係者も一生懸命、啓発をしてきたつもりではいるけれど、実際にはなかなか当事者に届いていないと感じています。学校、特に義務教育が終わると、講習会やセミナー、市民講座を開催しても一部の興味のある人しか参加しない。けれども無関心層ほど問題を抱えているんです。伊藤さんのように国際的に活躍している選手とこのようなプロジェクトを組んで啓発していけることはすごくありがたいです。

 伊藤 私たちも医療関係者の方々と連携できるのは大変心強いです。信頼のおける正しい情報を学生さんだけでなく、親御さんや学校の先生、スポーツを指導する方々と一緒に知識や情報を共有できたら良いと思っています。

「一人ひとり違うんだという認識が重要」と伊藤さん

「一人ひとり違うんだという認識が重要」と伊藤さん

 ◇性別を超えて体のことを理解し合う

 能瀬 年代別だと小学校は初経の悩みが多く、中学生だと月経痛、高校生になってくると月経前症候群と、年齢に応じた症状に対する正しい知識を教育する場が必要です。

 小学校の修学旅行の前に、女子だけ目貼りされた教室に集められてナプキンを配られたとき、男子には知られちゃいけないことだと認識したのを覚えています。性教育は女性のことに焦点が当てられがちですが、男性も思春期に体が変化します。性教育の方向に進むと思春期の子どもたちにはちょっと刺激が強すぎるので、お互いの体のことを知るためのヘルスケア教育みたいな感じで系統立てて学べる機会があればいいのかなって思います。

 伊藤 今まで「1252プロジェクト」で何度か学校で授業をさせていただいたのですが、私たちのスタイルとしては男子も女子も一緒に同じ講義を受け、コアの悩みは女子だけの少人数グループでヒアリングをしています。男子や先生方にもクイズに参加してもらい、一緒に考えるようなカジュアルな形式を取っています。学生たちにヒアリングしていると、性や体のことを話せる場所がなかったことで独りで抱え込んでいる子が多いと感じました。特に10代が婦人科に行くことへのハードルの高さ。婦人科イコール妊娠じゃなくて初潮が来たら自分の体のメンテナンスも含めて婦人科に行くという意識が普通に芽生えたらいいなと思います。

 ただ、どの婦人科に行けば良いか分からないだろうし、合わない先生もいるかもしれない。今後、このプロジェクトで10代の人たちをサポートできる婦人科医の先生を紹介できればと思っています。誰にも相談できないことでも、その婦人科の先生には相談できるというような。私自身もピルのことを知らなかったぐらいですから、知らない人は本当に知らないんです。

 能瀬 ピルって言うと、日本では避妊の薬っていうイメージが強すぎて、10代に処方したりすると親からしたら、やましいことをしているという印象を持っている人たちがまだまだいます。保護者も含めて一緒に啓発していく必要がありますね。

 伊藤 生理は人によって症状が違うから、親御さんも含めて声掛けするのは結構重要ですよね。生理にはどういう症状が異常とか正常とかってありますか?

 能瀬 月経には個人差があって、痛みの程度とか量とかもかなり個々で違います。日常生活に支障があれば月経困難症です。本人がどう感じているかですね。

 伊藤 先ほど男性も女性の体を知ることについてお話しされましたが、中にはLGBTQの方もいます。これからは性別を超えて相手の体を理解し、一人ひとり違うんだという認識を持つことがとても重要になりますよね。

 ◇試合に合わせたコンディショニングの重要性

 能瀬 月経と大切な試合がかぶってしまって困っている選手がかなり多いのですが、困っていれば、まずは婦人科を受診して情報を聞く。実際に対策を取るかどうかは選手自身が判断して決めればいいと思います。

 伊藤 そうですね。6割の女性選手が生理と大切な試合が重なって悩んでいるという調査結果もあります。悩んでいる選手がこんなにいるという現実を指導者の方にも知ってほしいと思いますね。

 能瀬 婦人科の受診対象についてよく聞かれることがありますが、悩んでいる人は全て受診対象ですので、その6割の方も受診対象になります。

 伊藤 悩んでいるというのは自分の中の主観的な判断じゃないですか。悩んでいることが良いことなのか悪いことなのかも分からない可能性があるので、自分自身が悩んでいると感じたら受診するということですよね。そこに結構ハードルがあるみたいです。

 ◇10代の無月経が一生のリスクに

「悩んでいる人は全て婦人科の受診対象」と能瀬医師

「悩んでいる人は全て婦人科の受診対象」と能瀬医師

 能瀬 女性って閉経まで月経と付き合っていかなきゃいけないので、10代から産婦人科のかかりつけ医を持つことをおすすめします。特にアスリートの場合は身体に大きな影響が出ます。

 私の勤務する東大でも2017年から女性アスリート外来*を開設していて、年々受診する選手が増えてきています。相談内容として一番多いのは無月経です。無月経は3カ月以上、月経が止まる状態を言うのですが、原因として多いのは運動量に対して食事量が少ない、つまり栄養不良です。月経が止まってしまったり、栄養不足で極端に体重が少なかったりすると10代でも骨粗しょう症になってしまうことがあります。運動量によって適切な食事を取るためには専門家の栄養指導が必要になってくるのです。

 伊藤 10代の栄養不良が一生に関わってくるんですね。

 能瀬 そうなんです。将来的にも骨折のリスクが高まります。後からいくら食事を戻したり体重を増やしたりしても、なかなか同じ年齢の人の骨密度の平均値には戻りません。10代で失ったものは取り戻すことができず、一生に渡って骨粗しょう症のリスクを抱えていかなければいけないのです。

 伊藤 無月経になって楽になったと思っている人もいますが、自分の体がボロボロになることの暗示なんですね。アスリートは大会に向けて一心不乱になって競技に集中していて、なかなか将来の自分の健康のことまで考えにくいと思うのですが、自分の体で起きている変化にしっかり向き合うことが大切ですね。

 伊藤 最後に、能瀬先生から女性アスリートを支える立場としてメッセージをお願いいたします。

 能瀬 女性アスリートのコンディショニングを考える上で、10代から正しい医学的知識を教えることは大変重要であると考えています。女性の健康の専門家でもある私たち産婦人科医は、女性アスリートが重要な試合で最高のパフォーマンスを発揮できるように、そして引退した後も健康に過ごせるようにサポートしていきたいと思っています。

 伊藤 能瀬先生、きょうは本当にありがとうございました。視聴者のみなさんもありがとうございます。次回も楽しみにしてください。(了)

「1252プロジェクト」*…女性アスリートが抱える「スポーツ×生理」の課題に関し、トップアスリートの経験や医療・教育分野の専門的な知見で取り組み、教育と情報発信を行う新しいプログラム。アスリート診療に長年携わり、女子アスリート研究の分野をリードする東京大学医学部附属病院の女性診療科・産科「女性アスリート外来」と連携し、10代の女性が正しい知識やサポートを得られるよう情報共有と発信をする。

「女性アスリート外来」*…東京大学医学部産婦人科学教室は2017年度より女性アスリート外来を開設し、女性アスリートが抱える医学的問題についての診療を行っている。2020年度に東大病院が受託したスポーツ庁委託事業〈女性アスリートの育成・支援プロジェクト『女性アスリート支援プログラム』〉の一環で女性アスリートが抱える健康問題について学ぶオンラインセミナーを実施した。引き続き2021年度も実施予定で、配信期間は2021年7月26日(月)から2022年2月末日予定。定員は10000名、受講は無料となっている。受講申し込みは以下のサイトから。

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