「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

直前までにすべきコロナ対策
~五輪開催に3条件、中止基準も策定を~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第20回】

 東京オリンピックの開幕まで残すところ2カ月を切りました。国内では新型コロナウイルス流行による緊急事態宣言が6月20日まで延長されており、開催の中止や延期を求める国民の声が日増しに多くなっています。そんな中、米国の医師たちが有名医学雑誌であるNew England Journal of Medicine に、今回の大会でのコロナ対策に不備があるとする意見を5月25日に掲載しました。彼らは開催中止も選択肢の一つであるが、今からでも対策を修正すれば開催も可能との見解を示しています。そこで、今回のコラムではオリンピック開催を前提として、今からでも実施すべきコロナ対策を解説します。

セレモニーで点火された聖火=2021年5月26日 京都府立京都スタジアム

セレモニーで点火された聖火=2021年5月26日 京都府立京都スタジアム

 ◇米国医師からの指摘

 医学雑誌に掲載された意見は、国際オリンピック委員会(IOC)が作成したプレーブックの内容に関するものです。このプレーブックは大会に参加する選手や役員が参加に当たり、順守すべきコロナ対策をまとめたもので、第2版が4月末に発表されました。この中には、参加者が日本滞在中、コロナのスクリーニング検査を毎日受けることや、主な活動範囲は試合会場と宿泊施設に限定することなどが記載されています。米国の医師たちはプレーブックの中に、会場での人数制限や競技種目に応じた対策を加えること、検査方法としてPCR検査を行うことなどさまざまな点を指摘しています。

 私もプレーブックを読みましたが、確かに細かい点までは書かれていませんでした。IOCは日本の組織委員会と共に、さらに詳しい内容の第3版を6月中には発表する予定ですので、その完成を待ちたいと思います。

 ◇コロナ禍で開催する場合の条件

 新型コロナウイルスの流行下にオリンピックを開催するのに当たり、私は三つの条件を挙げます。第1に日本国内のコロナ流行状況を悪化させないこと。第2に日本国民のための医療資源に影響を与えないこと。第3に今大会を発端にした世界的な流行拡大を起こさないこと。この三つの条件をクリアできるのであれば、開催は可能と考えます。

 現行のプレーブックを読むと、入国前、入国時にコロナ検査を行い、滞在中も毎日検査をし、さらに選手やスタッフの行動もかなり厳密に管理されているようなので、第1と第3の条件はクリアできるように思います。ただ、コロナ検査や陽性者の医療に要するマンパワーは相当なものになるため、第2の医療資源への影響が生じることを危惧しています。国内のボランティアを広く募るなりして対処しなければならないでしょう。

 ◇報道関係者の対策が鍵に

 選手やスタッフについては各国のオリンピック委員会の管轄下にあるため、日本滞在中の行動は比較的統制が取れていると思います。宿泊も選手村を使うことが多く、町中を出歩く選手やスタッフはほとんどいないでしょう。

 一方、問題なのが海外から来日する報道関係者です。この数は選手やスタッフよりも多くなることが予想されます。実は、報道関係者向けのプレーブックも作成されており、コロナ検査も選手に準ずる頻度で行われる予定です。

 ただし、彼らは選手やスタッフよりも、比較的自由に町中を動くことができますし、宿泊も町中のホテルなどになります。プレーブックには観光地やショッピングセンター、レストランには行かないようにと書かれていますが、どれだけ守られるか疑問です。

 こうした報道関係者の行動を厳しく監視しないと、日本の流行状況に影響を与える可能性が生じます。つまり第1の条件達成が危うくなるわけです。それを担保するだけの対策を、IOCや日本の組織委員会は、ぜひ、実行してほしいと思います。

プロ野球交流戦・阪神-ロッテ=2021年5月25日

プロ野球交流戦・阪神-ロッテ=2021年5月25日

 ◇観客を入れるかどうかの判断

 会場に観客を入れるかどうかの判断は6月末までに行うとのことです。観客を入れると、会場内で集団感染が発生するリスクがあるため、慎重に考えなければなりません。国内では既にプロ野球やJリーグの試合などで一定数の観客を入れた実績があり、そうした経験を参考にすることもできます。

 ただし、プロ野球やJリーグの試合と違い、オリンピックの試合には日本全国から観客が集まってきます。これは人流を増やすことになり、新型コロナウイルスの流行拡大を助長させる大きな要因になります。このため、開催時の国内の流行状況に応じて判断をしなければなりません。6月末までにそれを予想することが難しければ、最悪の事態を想定して、無観客にする方がリスクは少ないと思います。

 ◇中止の基準も決めておく

 大会の開催中止を判断する基準も決めておかないといけません。この判断が日本側だけでできるのかは不明ですが、できるとして、私は二つの中止基準を挙げたいと思います。

 まずは開催直前の流行状況です。開催都市である東京が、今年の第4波の大阪のように感染者数が急増し、医療崩壊に近い状況であれば、大会を開催することはできないでしょう。国民の生命を守ることに全力を尽くすべきです。

 もう一つは、多くの国が選手団を派遣しないと決めた場合です。日本や東京の流行状況が悪化し、各国のオリンピック委員会がそこに滞在することが危ないと判断すれば、選手団の派遣を見合わせるでしょう。そうなったら、大会を開催することは困難になります。5月25日、米国CDCは日本を感染症危険レベルの最上位である「渡航禁止国」に指定しました。WHOの週報でも、日本で感染者数が増加していることを、最近は毎回報告しています。こうした情報を元に、選手団の派遣を取りやめる国が増えることも予想されます。

 ◇参加者のワクチン接種が決め手

 現行のプレーブックには、コロナワクチンに関する記載が少しだけ書かれていました。私は、来日する選手やスタッフ、そして報道関係者の多くがワクチン接種を受けていれば、開催に当たっての3条件をクリアするのが比較的、楽になると思います。ただし、ワクチン接種を受けていても、滞在中の感染予防や検査を併用する必要はあるでしょう。また、ワクチン接種が参加条件でないことも明記すべきです。

 こうした点も踏まえて、プレーブックの中でワクチン接種を推奨するとともに、ワクチン接種を受けた参加者への対応も別に記載しておくことを提案します。

 今回の大会の成功は、参加者のワクチン接種に懸かっていると思います。(了)


濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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