「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~
新型コロナを「冬の流行病」にするには
~不可欠な変異株対策~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第35回】
新型コロナウイルスが流行してから2年が経過しています。1年目は流行の嵐が吹き荒れる中で、私たちは感染者の隔離や外出制限など、中世の黒死病流行時に近い対策を取ってきました。2年目にはワクチンが開発され、ようやく現代医学を用いた対策が可能になってきたのです。しかし、変異株という新たな脅威が出現することにより、流行はいまだに猛威を振るっています。3年目となる2022年には、どのような対策が必要になるでしょうか。今回は、現在までの新型コロナ対策を振り返りながら、これからの流行終息に向けた戦略を考えてみます。
2022年の初日の出を東京・渋谷の「渋谷スクランブルスクエア」から眺める人たち
◇「医薬品による対策」が可能になった
19年12月、新型コロナウイルスが流行した時点で、この病原体は人類にとって全く未知のものでした。このため、私たちが現代の感染症対策に用いてきた有効なワクチンや薬剤は存在しませんでした。それが故に、この流行を制圧するためには感染者の隔離や入国時の検疫、都市封鎖といった現代医学の誕生以前から行われてきた感染症対策を駆使するしかなかったのです。
感染症の流行対策は、ワクチンや薬剤を用いた「医薬品による対策」(pharmaceutical intervention)と隔離や検疫などの「公衆衛生的な対策」(non pharmaceutical intervention)の二つに分けられます。流行の1年目は「公衆衛生的な対策」で感染拡大を抑えながら「医薬品による対策」のためのワクチンを開発し、2年目からこのワクチンで本格的な流行の制圧が始まりました。
◇「医薬品による対策」の限界
こうした1年目から2年目の対策は流行の発生当初から、ある程度計画されていたものです。ワクチンの効果によっては、2年目までに流行が終息できるとの楽観論もありました。
しかし、そこに変異株の出現という想定外の出来事が起こります。21年4月にインドから拡大したデルタ株は感染力が従来株より強く、また、ワクチンの効果もこの変異株には低下していました。また、21年11月にアフリカ南部から拡大したオミクロン株は感染力がさらに強いだけでなく、ワクチンがほとんど効いていないことが明らかになったのです。
このように、ワクチンという切り札を用いたにもかかわらず、それに抵抗性の変異株が次々に出現したため、各国はワクチンの追加接種を進めています。新型コロナの流行終息に当たっては「医薬品による対策」の限界が見えてきたのです。
◇新型コロナとの共存の道
ワクチンによる短期の流行終息が難しくなると、各国は新型コロナとの共存にかじを切ります。ワクチン接種により、新型コロナへの免疫を一定レベルに保つことで感染はしても重症化しないようにする。まさに、インフルエンザのような病気にすることが新型コロナとの共存の目標でした。
この共存をサポートする手段として、経口治療薬の開発も進みました。21年末にはメルク社のモルヌピラビルが日本でも承認され、22年早々にはファイザー社の経口治療薬も承認される予定です。
さらに、新型コロナと共存していくためには、その流行を予測可能な状況にしていくことが必要になってきます。例えば、インフルエンザであれば毎年冬の季節に流行することが分かっているので、流行前にワクチン接種を受け、流行期間中だけ予防対策を取ることで対処できます。
新型コロナもこれと同様の季節性の流行病になれば、その流行を予測することで対応が容易になるはずです。
◇本来は冬に流行するウイルス
私は新型コロナウイルスの本来の流行時期が冬だと考えています。カゼの原因となるコロナウイルスも冬に流行しますし、インフルエンザなど飛沫(ひまつ)感染を起こすウイルスの多くが冬に流行しています。
日本国内の2年間の流行全体を見ると、20年秋までの第1波と第2波は流行発生直後の拡大によるもので、明確な季節性がありませんでした。その後、20年末から冬の到来とともに第3波が始まります。そして、21年5月ピークの第4波、8月ピークの第5波は、それぞれアルファ株とデルタ株という変異株発生による流行でした。そして、これから拡大する第6波はオミクロン株の流行もありますが、第3波と同様に冬の流行と言ってもいいでしょう。
日本だけでなく欧米諸国などでも、新型コロナは冬に流行拡大する傾向が共通して見られています。
大勢の人でにぎわう繁華街「タイムズスクエア」=2021年12月26日、米ニューヨーク
◇変異株の発生を無くすことが鍵
では、本来は冬に流行するウイルスが、なぜ数カ月置きに流行しているのか。これは日本の第4波や第5波でも分かるように、変異株発生による流行が重なっているためです。もし、変異株の発生が抑えられれば、新型コロナは毎年冬に流行する感染症として、対策はかなり容易になるでしょう。ワクチンの追加接種は必要かもしれませんが、インフルエンザのように流行直前に接種することで対処できます。また、流行していない時期にはマスクを外し、海外旅行をすることも可能になるでしょう。
このように考えると、22年の新型コロナ対策の鍵は、変異株の発生をいかに防ぐかになります。そのためには世界的なワクチン接種率の向上が欠かせません。
◇世界的な視野での対策を
オミクロン株がアフリカ南部で発生したように、新しい変異株の発生はワクチン接種率の低い地域で主に起こります。こうした地域ではヒトの体内でウイルスが増殖しやすいため、それだけウイルスに変異が生じやすくなるのです。つまり、ワクチン接種率の低い地域で接種率を向上させることが変異株対策としては不可欠です。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、21年末のあいさつで22年7月までに全世界の人々のワクチン接種率を7割にすることを表明しました。このためには、アフリカなど低接種率の地域への国際的な支援が必要になります。そして、この目標が達成できれば、新たな変異株の発生はかなり抑えられるでしょう。
世界的流行を起こしている感染症の制圧のためには、日本だけでなく世界的な視野に立った対策を考えなければなりません。それが22年には求められています。(了)
濱田篤郎 特任教授
濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。
(2022/01/06 05:00)
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