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ドライアイとは限らない目の乾き
~即断するのは危険~ 第9回

 心療眼科の外来をやっていると、「病名を付けることが優先順位の高い従来の眼科学では見落とされていたのではないか」と思われる症状に出会うことが少なくありません。

 こんな例がありました。50代の女性が「目が乾いてしょうがない」と、ある眼科を訪れました。眼科医は眼底を見て緑内障の存在を疑い、その検査をして「緑内障の初期だから」と目薬を出しました。

 いくら緑内障が早期発見されても、患者にとって肝心だった目の乾き感は全く無視され、解決しないままでした。困ったこの方が私の外来に来られたのです。

 その医師からすれば「乾き感などより、はるかに重要な緑内障を見つけてやった」と感じているかもしれません。患者もその事に恐れ入って「乾き感も緑内障の治療をすれば治るのかな」と錯覚するかもしれません。

 さて、一般的には乾き感という訴えであれば、誰でも「ドライアイ」の存在を想起します。私自身もそうですが、特に冬の乾燥期にパソコンの前で長い時間作業を続けていると、段々目の疲労感、乾燥感のようなものが出てきます。昔からある言葉で「乾き目」という表現がピッタリくる状態です。数え方にもよりますが、日本におけるドライアイの患者は数百万人から2千万人以上とも言われ、どこまでを病気として扱うかは問題でしょう。

運動障害、感覚過敏、精神症状の要素が混ざり合う

運動障害、感覚過敏、精神症状の要素が混ざり合う

 ◇乾き感はくせ者だ

 しかし、この乾き感というのがなかなかのくせものです。初めは「ドライアイかな」と点眼を続けてみても改善せず、「重症のドライアイだ」と言われて涙を排出する涙道をふさぐ「涙道プラグ」の処置を受けたりします。それでも少しも良くならないどころか、むしろひどくなっているといったケースの方が多く来院します。

 乾き感といっても恐らく内容は雑多で、このコラムで触れたようなショボショボとかカサカサなどといった擬態語が飛び交う自覚症状でしょう。よく聞くと、まぶしさや染みるような痛さなど多様で不快な症状を持っていることもあります。しかも、不快な症状のためか、「目を開け続けることができない」「物にぶつかりやすい」など、およそドライアイでは起こるはずのない日常生活での不都合が生じて、仕事を休まざるを得ないといった方もかなりいらっしゃいます。

 診察すると、眼球自体にはそれほど重篤な自覚症状を説明できる変化は見られません。症状の特徴を把握したり、まばたきテストなどを行ったりした結果、乾き感の原因が眼瞼(がんけん)けいれんだったこともしばしばあります。

眼瞼けいれんの主な自覚症状

眼瞼けいれんの主な自覚症状

 眼瞼けいれんとは何か

 病名としての眼瞼けいれんは「けいれん」という言葉が入っているせいで、瞼(まぶた)がピクピクする病気かと思いがちですが、そう考えると病の本質には行き着きません。上の図は眼瞼けいれんに生じている、まばたきを含む瞼の運動障害、視覚や目の感覚異常(感覚過敏)、精神症状の三大要素から成る症状です。この三つの要素が症例ごとにいろいろな割合で混在する病気で個人差が大きく、まぶしさや乾き感などの感覚過敏症状ばかりが目立ち、運動症状はあまり目立たない例も非常に多いのです。眼瞼けいれんという名称は、まぶたの不随意(意志とは無関係の)運動を指しているだけの用語なので誤解されやすいと考えられます。

 眼瞼けいれん患者の自覚する症状の上位を表に示します。三大要素のうちの運動症状と言えるものは2と4でしょう。それに対し、1、3、5と感覚過敏の症状を訴える症例が非常に多く、「目が乾く」と訴えることが多いためにドライアイと診断されやすいのです。

 眼瞼けいれんのメカニズムの詳細はまだ分かっていませんが、脳の中で視覚、聴覚、痛覚などの感覚信号が集まる視床(脳の底の方にある部位)を中心とした神経回路の不調、つまり脳の誤作動だと説明できます。

 ◇眼球使用困難症となる眼瞼けいれんと変種

 もともと感覚過敏の性質を有している方もいますが、心身のストレス、神経系に作用する薬物(睡眠導入薬、向精神薬の一部)の連用などが原因で生じることが分かってきています。「物を見る」という作業をすること、言い換えると光を目に入力させるとこの誤作動がひどくなると考えられ、脳がそれを拒絶したいために、「光を発する対象を見るな」「目を開けるな」「目を細めていろ」などと命じている状態と考えれば理解しやすいでしょう。それでも我慢して見続けると、強いまぶしさや痛み、乾燥感、疲労感などの異常感が生まれるのではないでしょうか。

 眼球に目立った症状がないのに、眼球(視覚)を自在に使えなくなる状態を「眼球使用困難症」と称しています。この状態で既に知られている具体的な病名を付けることが難しい場合もありますが、半数以上は今述べた「眼瞼けいれん」です。また、従来の眼瞼けいれんの定義からは外れてしまいますが、よく似た眼瞼けいれんのバリアント(変種)とでも言うべきケースも多く見られます。そこで、私たちは眼球使用困難症と総称しているわけですが、いずれにしてもかなりの難病であり、現状では根本的治療はありません。

 こうした、これまでほとんど知られてこなかった病気の存在がようやく知られるようになり、それがまれなものではないことも分かってきました。医学研究グループも形成されてきましたので、今後の進展を期待したいと思います。(了)

 若倉雅登(わかくら・まさと) 
 1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。




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