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がんについて幅広く学ぶ 第2回

 ここ数年、がん教育の授業で学校を訪れると、教室や学校の風景は昔ながらです。ただ、エアコンが整備されていたり、児童・生徒みんながタブレットを持っていたりします。新型コロナウイルス流行の影響で、オンラインでの授業も取り入れられるなど学校現場はどんどん変わっていっています。もちろん、授業内容も変化しています。がん教育もその一つと言えるでしょう。実際、がん教育もコロナ禍ではオンラインで授業を行いました。

がんに関して総合的に教える

がんに関して総合的に教える

 前回で紹介した通り、ここ数年で小学校から高校までの教育課程でがん教育が始まりました。この教育はがんについての正しい理解と健康と命の大切さを学ぶことが目標ですが、その細かい内容も決められています。

 子どもに対する健康やがんの教育というと、内容がどうしても予防に偏りそうとお思いかもしれません。しかし、実際には幅広い内容になっています。もちろん予防についても教えますが、がんの要因や発症後の経過、検診や治療法、症状を和らげる緩和ケアといった医療側の取り組みから、がん患者さんとの共生に至るまで幅広い内容を学ぶことになっています。

 ◇喫煙問題も取り上げる

 例えば、喫煙に関しても、小学校では呼吸や心臓への悪影響があり、受動喫煙で他人にも迷惑になることや肺がんの原因となることなどが教えられます。一方、中学校では、たばこに含まれる有害物質が毛細血管の収縮につながり、運動能力も低下することを学びます。特に未成年者では身体への悪影響が強く、ニコチン依存症のリスクもあることなどが紹介されます。高校になると、喫煙が高血圧などの生活習慣病の要因となること、直接的には受動喫煙も胎児や周囲の非喫煙者に悪影響を与えることなどが取り上げられます。その結果、個人への教育だけではなく、法的整備も含めた社会環境への適切な対策が必要となることを自覚してもらうことが目的です。

 ◇医師やがん経験者らが講師に

 ただ、「学校教育の現場でがんを教える」と言われてもピンとこない方もいるでしょう。どんな内容の授業をどのような形で進めていけばよいのでしょうか。

 現在、学校でどのようなことを教えるかを定めている学習指導要領に「がん教育」に関する記載があります。このため、学校側でがん教育の指導方法を検討しています。保健体育の教科書でもがんについて触れているため、教科書を参考に保健体育の教師が自分の授業の中で行うケースが多いようです。

 専門的な知識や経験を必要とするため、がん教育の大きな特徴として外部講師を活用することが挙げられます。学校医だけでなく、がんを専門とする医師や薬剤師、看護師、実際にがんになった患者の「がん経験者(サバイバー)」らが、がんに関する専門的な知識や経験を活用して授業をしていくのです。

 この外部講師については、それぞれの学校ががん教育におけるテーマを考える中で、どんな人にするかを考えた上で教育委員会や自治体、地域の病院などを窓口にして外部講師を依頼します。依頼を受けた講師は日程や役割分担、内容などについて打ち合わせた上で授業に臨みます。

がん教育の内容は子どもでも大人でも変わらない

がん教育の内容は子どもでも大人でも変わらない

 ◇100以上の質問

 筆者の場合は教育委員会や大学を通じて外部講師の依頼を受け、それぞれの学校と打ち合わせをします。多くの学校では筆者の授業の前に保健体育教諭や養護教諭らによる授業が行われ、事前に聞きたい質問などを把握しています。多い時には100問以上にもなり、筆者自身も驚くことがあります。

 質問内容を踏まえて、分かりやすく学んでもらえるよう筆者ががんについての基礎知識や自分が診た患者、専門の放射線治療の話を交えつつ、公益財団法人日本対がん協会作成の「がんちゃんの冒険」などのアニメーションといった映像教材を活用しながら授業を行っています。1~2コマ(1コマ45分程度)の授業の中で、僕の講義のほかに、可能なら生徒同士が話し合うグループワークの時間をつくり、がんについての課題などを考えてもらったり、ロールプレイなどを行ったりして、生徒が主体的に健康について考える時間も設けています。授業後に感想や質問をもらい、できるだけ学校側へフィードバックするようにしています。

 ◇ロールプレイで考える

 先日、都内の中学校で行った授業では、講義後、保健体育の教師2人に、生活習慣が悪いが決して改善しない人と体調が悪いが病院に行きたがらない人を演じていただき、生徒たちにそれぞれ友人の立場からどう接するかをロールプレイで考えてもらいました。「このままの生活を続けるとすぐに死んでしまうから、生活を改めてほしい」と説得する生徒や「無理にでも病院に引っ張って行く。それが嫌なら救急車を呼ぶ」と話す生徒など、反応はさまざまで私も勉強になりました。その後、「どんなことをしてもよい」という条件を加えたところ、「その人が自由に扱えるお金を取り上げてしまう」「たばこやお酒の価格を高く設定する」など、健康を守るために社会制度を変えるという声も上がり、授業を終えています。健康問題を自分事として考えるだけでなく、周囲の人を巻き込み、環境を変えることの重要性にも気付いてもらえることを期待しています。

 ◇お医者さんを身近な存在に

 授業の中で意識しているのは、子どもたちにいろいろ考えてもらうことです。次に、「お医者さん」という遠い存在ではなく、少しでも近い存在として一緒に考えていけるようにすることです。筆者は教育の場では素人です。教師の皆さんの意見を聴きながら授業を進めるように心掛けています。

 子どもたちからの反応はさまざまで、筆者も楽しく授業を行いながら勉強しています。

 補足ですが、筆者は厚生労働省の事業である「がん対策推進企業アクション」でも出張講師としてがんの講演を行っています。実は、大人でも子どもでもがん教育の内容は大きくは変わりません。知っておくべきことは同じだということですね。皆さんもお子さんたちと一緒にがんについて、そして命の大切さについて考えてみるのはいかがでしょうか。(了)

 南谷優成(みなみたに・まさなり)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。

 中川恵一(なかがわ・けいいち)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの 教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。








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