こちら診察室 介護の「今」

死に場所 第5回

 ◇入退院をめぐる風景

 「病院でできることは、もうありません」と病院の主治医から退院を告げられた家族がいた。その家族は、主治医の白衣のポケットに白い封筒をねじ込みながら、「先生、どうか退院させないでください」と嘆願した。封筒にはどれだけの現金が入っていたのだろう?

 一方で、家族の「自宅でみとりたい」という希望を受け、病院の退院支援看護師が在宅の医療介護チームと連携を取り、自宅での療養環境を整えたという例もあった。ところが、「この病状で退院なんてもっての外」と主治医が退院の許可を出さない。家族の希望はかなえられず、患者は病院で亡くなった。 

 これとは別に、主治医が「退院させましょう」と唐突に指示を出したという例もあった。慌てた家族がケアマネジャーに、「あす退院なのでよろしくお願いします」と泣きついた。そのケアマネジャーは「1日では、在宅療養の体制をとても整えられません」と嘆いた。

 最期の日が近いことを知った80代の女性は、家族の反対を押し切って入院することを選んだ。「家族には迷惑をかけたくない」と思ったからだ。その女性は食事を拒み、入院から1週間後に亡くなった。

 ◇死に至る過程

 病気または老衰で死に至る過程には個人差があるが、総じて次のような経過をたどることが多い。

 まず、食事や水分の摂取量が大きく減ってくる。食べることや飲むことが苦痛になるからだ。尿の量や回数も減ってくる。亡くなる数日前には全く出なくなることもある。

 全身の衰弱が見られるようになる。これは食べる量が減ったからではない。栄養をチューブなどで入れていても、衰弱が顕著になる。

 意識が薄れていく。家族の呼び掛けにも反応が乏しくなる。ただ、聴覚は最後まで残されているという。反応ができないだけで、家族の呼び掛けは本人に届いているらしい。

 呼吸が不規則になり、顎や肩を大きく動かして息をするようになる。数十秒間、息が止まり、また呼吸が戻ったりもする。

 手足など、体の先端部分が冷たくなる。体の中心に血液を集めることで、生命を維持しようとする生体反応だ。

 やがて、呼吸が止まる。呼吸の停止後、大きく息をすることもあるが、いずれにしても呼吸は永遠に止まる。

 唇が白っぽくなり、体全体が冷たくなっていく。

 在宅死では、家族はこうした死に至る過程に、さまざまな思いを巡らせながら寄り添うことができる。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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