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白内障に正しく備えよ! 【第3回】

 瞳が白くなる病気がある―。このことは紀元前の文献から記載があります。白内障とは目の中のレンズである水晶体が白く濁り、瞳が白くなる疾患です。「目には目を」のハンムラビ法典に言及があるとの説のほか、古代インドや古代ギリシャでは手術が行われていたとも言われているようです。当時は寿命も短かったので、外傷や栄養失調、感染症が原因であった可能性が高いですが、現在の日本における白内障は加齢に伴ってのものが最多です。

白内障の仕組み

白内障の仕組み

 2002年に発表された厚生労働省の研究班による白内障診療ガイドラインによれば、初期病変を含めた白内障の有病率は大まかに言って50代で半分、60代で約3/4、70代で9割程度、80歳で100%に達するとされています。日本人の平均寿命が男女とも80歳を超える今、白内障は自分に必ず訪れるものと考えるべきでしょう。

 ◇白内障の手術は簡単じゃなかった!

 最近、白内障手術は簡単だろうという思い込みや、やゆを含んだ意見を頻繁に耳にします。確かに成功率は100%にかなり近づいておりますが、これはかつての患者さんのたくさんの難渋事例と、眼科医たちの苦闘のたまものに他なりません。その歴史を知っていれば、やっぱり手術は大変なものなのだと感じていただけるかと思います。

 まず古代より、「墜下法」と呼ばれる手術がありました。レンズが真っ白になる成熟白内障の状態になると、場合により水晶体が眼内に落下します(水晶体脱臼)。墜下法はそれを再現するもので、太めの針を差し込んでグリグリと回し、目の中にレンズを落とす治療です。先進国でも19世紀ごろまで行われていた治療です。縫う必要はなく、顕微鏡も必要としないため、現代でも一部の発展途上国では使われているとのことです。なかなか過激な治療である印象のようですが、慣れた人にかかると数分以内に終わっているようです。ただ、麻酔の発明は近世ですので、それ以前に麻酔無しで手術を受けた患者さんたちを思うと頭が下がります。

 次に登場した手術は、目の中でレンズを落とすのではなく、レンズをそのまま取り出してしまおうというものでした。水晶体嚢内摘出術と呼ばれます。水晶体は袋(嚢)の中に入っており、袋から出さずに塊で取り出そうという発想です。

 目を約半周ほど切り開き、レンズを摘出します。レンズを取り出す時に後ろの硝子体を引っ張ってしまう危険性があり、その向こうの網膜が剥がれてしまうことがある手術です。失明を覚悟で手術を受ける時代です。さらに、大量出血感染症、縫合による術後乱視の問題もあり、まだまだ黎明(れいめい)期の手術でした。

白内障の有病率は80歳で100%に達するとされ、誰もがなる病気(イメージ)

白内障の有病率は80歳で100%に達するとされ、誰もがなる病気(イメージ)

 網膜剥離が生じると、これを治すのも難しい時代でした。そこで着目されたのが「水晶体嚢外摘出術」でした。白内障は水晶体の袋の内側が濁っているものですので、袋は残して中身を塊で出そうとするものです。1990年代までは盛んに行われていた術式です。網膜剥離のリスクが激減したため、術後成績は飛躍的に改善しました。しかしこの術式も、大きく切ることに変わりなく、合併症との戦いは続きます。

 現在の白内障手術は「超音波乳化吸引術」という術式です。これは白内障の混濁を目の中で吸い取ってしまうものです。やっとここまで来て手術で切る傷の大きさが小さくなってきました。現在、最小のもので1.8ミリ切開の機材が使われています。ただ、目そのものが2、3センチの小さい臓器ですので、そもそも手術が大変細かく、難しいです。この手術も水晶体の袋を残すのですが、袋の厚みは中央で0.01ミリであり、手術の繊細さがお分かりになると思います。

 ◇進化する眼内レンズ

 白内障手術は濁りを取るだけではありません。水晶体の機能は光を通すことと焦点を合わせることですので、現代の白内障手術には眼内レンズを入れてピントを調整する過程が入ります。これが無い時代は、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛ける必要がありました。

 眼内レンズの誕生のきっかけは、まさにけがの功名と呼ぶべき出来事でした。戦時中に戦闘機風防ガラスが破損し、その破片が目に刺さっていた兵士がいました。しかし、その破片は長期間、目の中で何もトラブルを起こさず長く保たれていました。それにヒントを得て、同じ素材であるポリメチルメタクリレート(PMMA)で眼内レンズが作成され、目の中に入れられるようになりました。この素材はいわゆるアクリルガラスと呼ばれるものです。

 眼内レンズを入れる場所も、はじめは議論が分かれていました。虹彩(目の茶色い部分)の前に置くか、後ろに置くかです。残念ながら虹彩の前に置くタイプは後に角膜移植が必要になる方が頻発し、廃れてきました。今は水晶体の袋の中に入れるのが主流です。

 眼内レンズの挿入が試みられてから半世紀以上、レンズの種類も進化し続けてきました。まず素材について。PMMAは非常に固く、眼内に入れるとしても大きな切開を必要としました。それからシリコン、アクリルに変わり、曲げられる柔らかいレンズになっていきます。レンズの色も透明から黄色く着色されたものが主流になりました。レンズの構造も変化し、まず球面のレンズから、像のひずみを抑えた非球面レンズ、さらに複数の焦点を持つもの、焦点の幅があるもの等が使われるようになりました。

 ◇老眼は白内障の始まり?

 いわゆる老眼(「老視」と呼びます)は水晶体が固くなり、ピント調節ができなくなる状態であることが近年分かってきました。その流れで、Dysfunction Lens Syndrome(水晶体機能不全症候群)という言葉が提唱されるようになってきています。すなわち、水晶体が異常に固くなる(老視)ことから始まり、濁りが生まれ、視機能障害につながっていくという考え方です。

 また、慶応大学薬学部のグループは水晶体が固くなる際に「Piezo1チャネル」が関与していると発表しています。Piezo1は生体内の機械的刺激に関わる分子であり、2021年のノーベル生理学・医学賞の受賞内容です。現時点では有効なものがないとされる「老眼―白内障」に対する薬物治療が花開いていくかもしれません。

白内障の進行は脳機能や生活機能の低下を招く(イメージ)

白内障の進行は脳機能や生活機能の低下を招く(イメージ)

 ◇視機能低下はトラブル招く恐れ

 白内障は視機能を下げていきます。それを放置すると、どうなるか。外界の刺激の8割は目から入りますので、そういった外界の情報が脳に届かなくなっていくということです。奈良県立医科大学の研究では白内障は軽度認知障害のリスクを上げるとしています。また、白内障がある場合、交通事故のリスクが2.5倍、転倒のリスクは1.8倍上がるとされています。仮に認知症が生じている高齢者であっても、白内障手術によって認知機能や抑うつ状態が改善するとされています。

 このように、白内障の進行は脳機能や生活機能の低下を招きます。白内障の進行は基本的にゆっくりで、自覚の変化に乏しいです。自分は見えていると感じていても視力が下がっていることも珍しくなく、ある程度の年齢で進んでくるものと考えるべきです。

 ◇適切な治療時期を考えて

 これまでお話してきたように、白内障は必ず進行し、誰でも手術を受ける時期が来ます。当たり前ですが白内障手術は魔法の手術ではありません。低下した視機能を元に戻すための手術であり、白内障が進行する前よりも改善することはありません。手術を受けるには時期尚早という場合もあります。みなさんが眼科検診で白内障の進行をきちんと確認し、しかるべき時期にしかるべき治療を受けて、より良い人生を続けられたらいいと思います。(了)

岩見久司医師

岩見久司医師

 岩見久司(いわみ・ひさし) 大阪市大医学部卒、眼科専門医・レーザー専門医。 大阪市大眼科医局入局後、広く深くをモットーに多方面に渡る研さんを積む。ドイツ・リューベック大学付属医用光学研究所への留学や兵庫医大眼科医局を経て、18年にいわみ眼科を開院。老子の長生久視(長生きして、久しく目が見えている状態)が来る時代を願い、22年に医療法人社団久視会に組織を変更した。現在は多忙な診療を行う傍ら、兵庫医大病院で非常勤講師として学生や若手医師に対して教鞭をとる。

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