医学生のフィールド

日本の医療機関の感染対策は万全か
「コロナショック」で学ぶべきこと 堀賢順天堂大教授【医学生インタビュー】

 世界中に猛威をふるう新型コロナウイルスで国内の医療現場も対応に追われています。早くから日本に感染対策の重要性を訴えてきた感染制御のスペシャリストである順天堂大学大学院の堀賢教授(感染制御科学)に、日本の感染対策の現状や課題などについて聞きました。  

 聞き手は順天堂大学医学部4年吉富櫻嘉さんです。(構成・稲垣麻里子、3月13日取材) 

 ◇院内感染防ぐマネジメントを研究

 ―堀先生の専門は感染制御とうかがっています。具体的にはどのような研究をされているのでしょうか。

 順天堂大学大学院の堀賢教授
 医療現場では合併症として必ず感染症が起きるので、その感染症を最小限に抑えるために、感染予防のためのルールをつくったり、感染症を合併しにくいプラクティス(医療行為)の開発をしたり、安全な医療環境を整えたりする必要があります。それが院内感染制御です。  

 例えば、手術後に傷口が膿んで感染症を起こしたり、体内に入れる医療器具から感染症を合併したり、院外で感染したウイルスが院内に持ち込まれて集団感染に至ってしまったりすることがあります。そういうことが起きないよう予防するための研究です。  

 時として新型コロナウイルスのように、新興感染症が市中感染から医療現場に持ち込まれることもあります。その場合、そういう人たちをどのように誘導(トリアージ)して誰が診るかというマニュアルを作ったり、検査体制を整えたりしています。また、今回のようにマスクや医薬品が不足することを見越して、院内の備蓄計画を立てたり、欠品の場合の代用品を用立てたりもします。  

 一般社団法人日本環境感染学会という学術団体が日本国内の病院感染対策のガイドラインを策定しており、私は2009年の新型インフルエンザA(H1N1)の時には、診療(感染対策)の手引作成に委員長として関わりました。

 また、一般社団法人日本医療福祉設備協会が発行している病院設備設計ガイドライン(空調設備編)の2020年度版の改訂委員長を務めています。このガイドラインは、日本中の医療施設での空調に関する取り決めの大本になるルールが定められています。  

 そのほか、医療施設について施設の効率や安全性も考慮し、第三者の視点から評価する国際病院認証JCI(Joint Commision International)のプロジェクトリーダーでもあります。感染制御が専門ではありますが、患者の発生状況のデータを分析して医療現場の安全性や効率化を考慮した対策のマニュアル作りをしています。

 ◇先進地イギリスでの学びを生かして

 ―マネジメントともいえる学問ですが、どこで学ばれたのですか。

   1999年に感染対策の先進国であるイギリスに留学しました。

   ―米国留学が全盛の時期に、なぜ英国を選んだのですか。 

   私は医学部を卒業後、基礎医学の大学院(細菌学)へ進学しました。そこでは「科学的に考えること」を学びました。大学院修了後、内科の臨床研修医時代に、肺がんの術後肺炎の患者から特効薬のバンコマイシンが効かないメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を分離しました。そこで分離したMRSAに関する研究論文は、国内の学会でことごとく受理を拒絶された後に、最終的には英国化学療法学会誌に受理され世界中を驚かせました。

 これをきっかけに、英国には薬剤耐性菌を増やさないインフェクションコントロールという学問があると教えられ、運命を感じていた私は英国病院感染学会の感染制御専門医コースへ進み、修了証をアジア人として初めて取得しました。帰国後は、英国での経験を生かして国内の病院の院内感染対策に取り組んでいます。

 吉富櫻嘉さん
 ―日常的に病院の環境を整えるのも医師の仕事なのですね。英国はなぜ感染対策が進んでいるのでしょうか。  

 古くは植民地時代までさかのぼります。かつて世界中に植民地を統治していて、アフリカや南米、アジアなどで感染症を抑え込む必要に迫られていたという歴史的背景もあります。例えば英国東インド会社が東方貿易をした際には、コレラペスト結核など、さまざまな感染症がはやっていました。それを抑えこまないと統制できないため「熱帯医学」が発達したのです。長い歴史の中で培った経験や反省が生かされているのです。

 19世紀にはナイチンゲールが登場し、統計学を駆使することで、戦死よりも医薬品や清潔物資の不足による戦病死が多数を占めることを示し、英国議会に支援物資の補給を訴え実現させました。並行に配置したベッド配列の病棟はナイチンゲールが教会の礼拝堂を改装して発明したもので、ナイチンゲール型病棟と呼ばれ、現代の集中治療室でも標準的に用いられています。さらに、戦病死を防止するためのさまざまな工夫を、看護覚書(Notes  on  nursing)に記し近代看護の創設に尽力しました。これらの功績のため、彼女は感染制御の母とも称されています。

 このような背景から、1970年代には世界で最初に感染制御に関する専門の看護師(Infection Control Nurse)を設置し、その後世界中に広がりました。  

 ―感染制御に対して英国は今でも先進的な取り組みを行っているのでしょうか。

   英国では病院内に安全性を担保するための国の法律があり、各医療機関に必ず感染制御の専門家のディレクター(DIPC=Director of Infection Prevention and Control)を配置することが義務付けられています。クオリティー管理部門の責任者なので病院の運営を監視する立場です。診療とは独立しているため、医師だけではなくいろんなバックグラウンドの人がいます。  

 DIPCは、病院がきちんとした感染予防策を取らずに安全な医療を提供していないときには警告を発します。院長が無視するとイギリスの保健省に通知し、院長は辞職に追い込まれます。

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