医学部トップインタビュー

基礎と臨床がバランスよく一体化
~チャレンジする学生を全力で応援―慶應義塾大学医学部~

 ◇苦しんでいた患者が治っていくのは何物にも代え難い喜び

 金井医学部長が医師を目指したのは父親の影響が大きかった。父親は戦争で父を亡くし、長男として家族を養わなければいけなかったため、医師への道を断念し、会社員になった。そんな父から「医学は面白いぞ」という話を繰り返し聞かされ、小学校高学年で医学部受験を決めた。

 慶應義塾大学医学部に入学、柳田邦夫の「ガン回廊の朝」に感銘を受け、がんを専門にしたいと思っていたが、ノーベル賞を受賞した利根川進氏の講演を聴いて、免疫の魅力に目覚めた。紆余(うよ)曲折あって、内科学(消化器)に入局。臨床と研究の主な対象となったのは難病の炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎クローン病だ。コントロールがうまくいかない場合、手術が必要となるが、抗体医薬開発の基礎研究で大きな成果を得た。「新しい治療法を見つけ、それまで苦しんでいた患者さんが治っていく姿を見るのは何物にも代え難い満足感をもたらしてくれます。患者さんから感謝されますが、『感謝しているのは僕の方だ』といつも思います。そんなとき、『今死んだとしても楽しい人生だったな』と思えます」

「学生を全力で応援します」と金井氏

「学生を全力で応援します」と金井氏

 ◇すべての学生に受験してほしい

 近年、景気への不安からか、地方からの受験者が減ってきていることを懸念する。安全圏の受験を考える傾向や都会暮らしを心配する親の姿も見え隠れする。

 「僕の学生時代は日本全国から学生が集まり、キャンパス内に地方訛(なま)りが飛び交っていました。できるだけ多様な人に入学してほしいので、医学部を目指す全学生に慶應義塾大学を受験してほしいと思います」と金井医学部長。

 奨学金制度の充実も目を見張るものがある。合格時にもらえることが分かる奨学金は、一般入学試験の成績上位者10人程度が対象。1~4年次に1人年間200万円、総額800万円が給付され、返済義務はない。さらに、研究医養成プログラムを選択すると5~6年次に100万円ずつ追加され、総額1000万円が給付される。

 「慶應義塾は世界で活躍するチャンスの多い大学です。ここでの6年間を踏み台にして世界で戦ってほしい。私たちは挑戦する学生を全力で応援します」(ジャーナリスト・中山あゆみ)

【慶應義塾大学医学部 沿革】
1858年 福澤諭吉がオランダ研究のための塾を設立
  73年 慶應義塾医学所を設立(7年後に閉所)
1917年 北里柴三郎博士を初代医学科長として慶應義塾大学部医学科を設立
  20年 医学科を医学部に改組するとともに、慶應義塾大学病院を開設
  37年 北里記念医学図書館が完成
  45年 空襲でキャンパスの約60%が焼失
  56年 大学院医学研究科(博士課程)を設置
  94年 大学院医学研究科(修士課程)を設置
2001年 総合医科学研究棟が完成
  18年 新病院棟1号館が完成
  22年 1号館グランドオープン

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