「医」の最前線 抗がん剤による脱毛を防ぐ「頭皮冷却療法」

導入までのハードル
~多大な看護師の負担~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第2回】

 頭皮を冷やして抗がん剤による脱毛を防ぐ「頭皮冷却療法」は、英国で生まれ、2019年に日本でも医療機器として承認された。承認から3年たつが、導入した医療機関は全国で50施設ほどにとどまる。「ぜひとも受けたい」と希望する患者が多いわりに、全国どこにいても受けられるという状況にはなっていない。患者のニーズとは裏腹に、現場は課題を抱えているからだ。

シリコンキャップの中をマイナス4℃の液体が流れる

 ◇キャップをかぶり、マイナス4℃の液体で冷やす

 医療機関が頭皮冷却療法を導入しようとした場合、まず問題になるのが現場の負担だ。21年8月に乳がん患者(術前・術後化学療法に限る)を対象として導入した虎の門病院化学療法室で、実際、どのような形で治療が進められているのかを再現してもらった。

 頭皮冷却療法とは、中に液体が流れるパイプを張り巡らせた構造のシリコン製のキャップを患者にかぶせ、そのキャップを冷却装置とつなげて、常にマイナス4℃に冷やした液体(プロピレングリコール)を循環させることで、頭皮を冷えた状態を保つ方法だ。

 抗がん剤投与中の頭皮への血流を減らすことで、毛包へのダメージを減らすことが必要なため、抗がん剤の投与中だけでなく、投与前30分と投与後90分冷却し続けなければならない。抗がん剤の投与時間は内容によって60~90分、時に120分かかることもあり、頭皮冷却を行う場合は、それに加えて120分冷却し続けることになる。

 実際に、頭皮冷却により凍傷になることはないが、頭皮の体感温度は17℃程度となり、頭痛を感じる患者も多い。頭皮の冷却効果を高めるため、髪をぬらして行うのだが、凍ってキャップに張り付いてしまわないようトリートメントを付けて、シリコン製のキャップを付け、均一に冷えるようアウターキャップをフィットさせるよう顎ひもで固定する。この一連の作業が、化学療法前の慌ただしい中で綿密に丁寧に行われていく。

 抗がん剤を投与するたびに、これを同時進行で行っていく。その頻度も毎週、隔週、3週ごととさまざまであり、合計回数も4~16回と、患者の乳がんの状態やタイプによってさまざまである。

 ◇手間と時間がかかる治療

 頭皮冷却療法を実際に行うのは、通常、医師ではなく化学療法を担当する看護師だ。頭皮冷却を目的としているため、単に帽子をかぶるのとは違って、頭皮に冷却キャップを密着させる必要がある。それが、この方法の肝になるわけだが、人の頭にキャップをフィットさせて顎ひもで固定するという作業は、通常、医療の現場で行われる作業ではなく、慣れないとスムーズに行うのは難しい。

 「抗がん剤の投与は、そもそも他の副作用の対策だけでも、皆かなり神経を使っています。それに頭皮冷却のためのケアが加わると、看護師の負担がかなり増えてしまう。マンパワー不足が常態化している医療現場で、本来容易に対応できることではないのです」と同病院乳腺・内分泌外科の田村宜子医長は話す。

 また、頭皮冷却を行う患者は行わない患者に比べ、2時間半程度長く化学療法室のベッドを使用することになる。患者が余分にベッドを占めることになるので、1日に治療できる患者の数が減ってしまう。化学療法室のスペースが十分にあり、ベッド数に余裕がある病院でなければ導入は難しい。

 虎の門病院は19年に新築したばかりで、かつ化学療法室に十分なスペースがあらかじめ設計されているため、現在稼働している全33ベッドのうち、最大4ベッドを頭皮冷却療法専用に割り当てられている。今後、稼働ベッドを増やすことが可能なため、頭皮冷却に対して最大で6ベッドまで拡張することも可能で、他の患者に影響することはない。

 「ここで最も大切なのは、抗がん剤治療を確実に安全に行うことです。頭皮冷却療法を行うことで、本来の治療にしわ寄せがいってしまうようなことでは本末転倒。スタッフにも、患者さんにも安全に治療ができるだけの心のゆとりは必要だと思います」と田村医長は話す。

 頭皮冷却療法を受けることで、通常の抗がん剤による副作用だけでない症状もあり、また長時間にわたるため体力を消耗するという問題もある。マイナス4℃の液体で2~3時間頭部を冷やし続けることで、頭痛や寒け、めまいなどの症状を感じたり、キャップを密着させるための顎ひもによる顎の痛みを感じたりする。

 「抗がん剤の点滴だけなら昼寝したり、本を読んだりしながら横になっていられるのですが、頭皮冷却療法をしている間は患者さんも必死に闘っている感じです」

頭皮冷却療法の様子=再現

 ◇手探りだが、有用性は明らか

 頭皮冷却療法を導入後、約半年で26人の治療導入を行った手応えはどうなのだろう。

 「手間もエネルギーもかかるし、患者さんの負担も大きく、そして完全に脱毛が防げるわけではない。決して夢の治療ではないと思います。でも脱毛が減り、発毛が早いという有用性は明らか。そのメリット・デメリットを含めて、患者さんに選択肢として提供することが重要なのではないかと思っています。患者さんの悩みに向き合って、一緒に考えながら苦労している感じでしょうか」と田村医長は率直に話す。

 手軽にできる治療ではないだけに、導入する医療機関にもそれなりの覚悟が必要になる。ただ、脱毛を防げたり、和らげたりできる可能性があれば、化学療法にも前向きになれる患者は増えるのではないだろうか。導入に向けた試行錯誤から学ぶべきことはたくさんある。(了)


中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。医学ジャーナリスト協会会員。

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