「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~
インドのコロナ大流行と新たな変異株
~パワーアップ 日本は第5波、第6波…~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第18回】
4月になり、インドで新型コロナウイルスの大流行が発生しています。新規感染者数は30万人を超える日もあり、医療崩壊により死亡者数も急増している状況です。こうした大流行の原因として変異株の拡大が考えられていますが、3月末にインドで行われたヒンズー教の祭典が流行の契機になった可能性も大きいようです。今回はインドでの大流行の原因を探りながら、日本でも拡大している変異株について解説します。
ヒンズー教の伝統の祭り「ホーリー」。色とりどりの粉や水を掛け合って春の訪れを祝う=2021年03月24日【EPA時事】
◇インドのお祭りと感染症の関係
インドでは、古くから感染症の大流行が多発しており、それがヒンズー教のお祭りを発端にすることが少なくありませんでした。例えば、コレラはインドで古くから流行していますが、毎年お祭りの時期に大流行を繰り返すため、この地域の風土病になったと考えられています。また、1994年にインド西部のスーラトでペストが流行した時も、9月に行われたヒンズー教のお祭りが契機になったとされています。
今回の新型コロナウイルス流行のきっかけになったのは、3月末の「ホーリー」という春祭りでした。これはヒンズー教でも最大の祭りで、人々が粉や水を掛け合いながら、誰彼となく抱き合い、春の到来を祝福するというものです。これは飛沫(ひまつ)感染が最も起こりやすい環境と言えるでしょう。昨年も、この祭りが行われていましたが、この時点で新型コロナウイルスの本格的流行はインドに波及しておらず、感染者数は増えませんでした。それが今年は、変異株が拡大する最中に行われたのです。
◇変異株の正体
本連載の第12回でも変異株について取り上げました。新型コロナウイルスのように新しくヒトに感染したウイルスは、変異を繰り返しながら拡大していくという話でしたが、こうした変異株が2020年秋以降、世界各地で立て続けに誕生しています。すなわち、英国型、南アフリカ型、ブラジル型などの変異株で、最初に発生した場所にちなんで呼ばれています。
今年2月に世界保健機関(WHO)は、変異株の中でも「感染力が強くなる」、「病原性が強くなる(重症になりやすい)」、「ワクチンや治療薬が効かなくなる」という変化がある場合、重大な変異株に指定することを決めました。そして、こうした変化が感染者に起きているものを「懸念すべき変異株」、起きる可能性があるものを「注目すべき変異株」に分類したのです。この「懸念すべき変異株」になったのが、英国型、南アフリカ型、ブラジル型の3種類でした。
この三つは全て「N501Y変異」という「感染力が強くなる」変化を起こしており、南アフリカ型とブラジル型は「E484K変異」という「ワクチンが効きにくくなる」変化も起こしています。さらに英国型には「病原性が強くなる」変化があることが最近、明らかになってきました。
◇日本で流行しているのは英国型
この三つの変異株の流行状況は、4月下旬の時点で英国型が139カ国と最も広範囲に拡大しており、日本で流行しているのも英国型になります。南アフリカ型は87カ国、ブラジル型は54カ国で、日本でも少数確認されていますが、本格的な流行には至っていません。
日本に英国型が侵入したのは2020年12月ごろと考えられています。その後、しばらくは都市部などで感染者が少しずつ増えていましたが、今年3月に関西で緊急事態が解除されて人の流れが増えてくると、感染爆発を起こしたのです。これが、その後の大阪や兵庫での第4波の流行になりました。その一方で、東京など首都圏では緊急事態宣言の解除が3月中旬だったため、英国型の拡大は遅れましたが、4月末には第4波の流行になっています。
英国型の特徴は感染力が強いだけでなく、病原性が従来のウイルスよりも強く、重症化する人が多いことです。重症化は高齢者だけでなく、若い人にも起こることがヨーロッパでの調査で報告されており、日本でも同様な現象が見られています。このため感染者が急速に増加するとともに、重症者も今まで以上に増え、医療機関の病床が満杯になってしまうのです。
◇パワーアップしたウイルス
こうした状況を総合的に見ると、現在、日本で拡大している英国型の変異株は、今までの新型コロナウイルスと明らかに違います。それはパワーアップしたウイルスと考えてもいいでしょう。
このため、国としては緊急事態宣言を発令し、休業要請により人の流れを止めたり、イベントを中止させたりする措置を取っています。国民の皆さんも、コロナ疲れになっていると思いますが、できるだけ外出自粛などにご協力いただきたいと思います。また、感染経路は飛沫感染や接触感染で今までと同じなので、マスク着用や手洗いの徹底を心掛けてください。
一方、英国型にはワクチンの効果があるとされています。日本で使用されているファイザーのワクチンも有効ですから、接種の迅速化を図ることが根本的には必要です。
英国型変異株のウイルス[国立感染症研究所提供]
◇インド型という新たな変異株
話はインドに戻ります。インドで拡大しているウイルスが変異株であることは間違いないでしょう。この変異株については、新たに発生したインド型という説があります。このインド型は「感染力が強い」、「ワクチンが効きにくい」という変化を起こしている可能性があり、二重変異株とも呼ばれています。
WHOは4月末にインド型を「注目すべき変異株」に登録しました。現時点で、感染力やワクチンの効果に影響している可能性はあるものの、実際には確認されていません。インドでは英国型や南アフリカ型も拡大しており、これらの変異株が大流行の原因になっているとも考えられます。
いずれにしても、インドでの大流行の原因には、お祭りで飛沫感染が広範囲に起きたことや、何らかの変異株の拡大があります。さらに、もともと医療体制が脆弱(ぜいじゃく)であるため、医療崩壊により多くの死者が出たのです。
◇変異株で今後の流行を予想する
日本での第4波の流行が英国型によることは間違いありません。この流行は緊急事態宣言に伴う各種措置やワクチン接種の進展などで、この先、収束していくでしょう。ただし、その後、南アフリカ型やブラジル型などが日本に侵入してくると、それが第5波、第6波の流行になることが予想されます。
南アフリカ型やブラジル型が流行した場合、現在のワクチンの効果が弱まる可能性が高くなります。そのような事態になると、ワクチンの追加接種も考えなければなりません。
今後、暫くは変異株との戦いが続くことになります。(了)
濱田篤郎 特任教授
濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。
(2021/05/06 05:00)
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