「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

自宅療養の落とし穴
~経済にも影響~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第25回】

 日本全国で新型コロナウイルスの第5波の流行が止まりません。今回は感染力の強いデルタ型の流行であり、東京都などでは入院患者の急増で医療の逼迫(ひっぱく)が始まっています。このため、政府は軽症の感染者について、自宅療養を中心に対応すると発表しました。これには各方面から反対意見が噴出しています。医療の崩壊を防ぐには、入院を重症などの患者に限定することが必要ですが、その方法として自宅療養を中心にするのは、さまざまな問題があります。今回のコラムでは、新型コロナ感染者の自宅療養の問題点と、それに代わる対応策について解説します。

渋谷のスクランブル交差点を行き交う人たち=東京都渋谷区 2021年08月06日

 ◇デルタ型の流行拡大と医療崩壊

 東京都では7月からデルタ型の流行が拡大しています。7月12日から緊急事態宣言が発出されていますが、8月には新規感染者数が1日に3000人を超えて、5000人に達する日も出てきました。デルタ型は従来のウイルスに比べて2倍以上の感染力があるため、感染者数が爆発的に増加します。現在の緊急事態宣言に伴う措置だけでは、流行を抑え込むのがなかなか困難であり、流行は日本全国に拡大し、感染者数が急増している状況です。

 ただし、第5波は今までの流行と異なり、重症者数の増加が緩やかです。なぜなら、重症化しやすい高齢者の多くがワクチン接種を受けており、あまり感染していないからです。それでも感染者数が増加していけば、高齢者以外で重症化する人も増え、医療の逼迫を招きます。この結果として起きる医療崩壊といった事態は絶対に回避しなければなりません。そこで政府は、軽症の感染者には自宅療養を中心にした診療を行い、入院は重症者やその可能性のある感染者に限るという対応を発表したのです。

 ◇日本国民は自宅療養に慣れていない

 この政府の発表には多くの人が不安を覚えたと思います。それというのも、日本国民は自宅療養という診療に慣れていないからです。これがインフルエンザであれば、治療薬もあり、死亡する人も少ないので、自宅療養で対応することもできます。しかし、新型コロナは感染力が強く、急速に重症化して死に至ることもある病気です。自宅療養中に病状が悪化した場合、誰がどのように入院させてくれるのか。多くの人が、そんな不安を抱えていると思います。

 欧米諸国では新型コロナ感染者の自宅療養を、流行が始まった当初から積極的に行ってきました。こうした国々ではホームドクター制度が整備されており、国民は日ごろからホームドクターによる健康管理を受けています。このシステムを利用することで、新型コロナの感染者が自宅療養をしていても、ホームドクターなどが経過観察を行い、必要があれば医療機関に入院させてくれるのです。

 一方、日本ではホームドクターを持っている人も少ないですし、そのドクターが自宅療養に対応してくれるかどうかも分かりません。また、日本では国民皆保険制度により、どの医療機関でも自由に受診できるシステムが取られてきました。ところが、新型コロナに関しては軽症ならば自宅療養になるわけで、国民が強い不安を感じるのは当然です。政府としては、自宅療養の方法について、国民に分かりやすい説明をする必要があります。

 ◇自宅療養は経済にも影響する

 別の視点から見ると、自宅療養には同居する家族に感染が及ぶというリスクがあります。たとえ感染しなかったとしても、同居する家族は濃厚接触者になります。つまり、自宅療養者が増えることで、それに伴う濃厚接触者は間違いなく増えていくでしょう。

 そして、この同居家族が会社で仕事をしている人だったらどうなるか。現在、多くの会社では、濃厚接触者に自宅待機による2週間の健康監視を求めています。これは感染の起こる可能性があった日から2週間です。すなわち、同居家族が自宅療養をしている人は、自宅療養期間の10日間に加えて、その後の14日間、計24日間は会社を休まなければならないのです。これは働いている会社の経営、ひいては日本経済にも一時的な損出になります。

 もし、政府が自宅療養を本格的に推進するのであれば、同居家族への対応も同時に考えていく必要があるでしょう。例えば「同居家族がワクチン接種を受けていれば、感染対策を取ることで濃厚接触者にしない」といった指針を出すことも検討していただきたいと思います。

 ◇宿泊療養の積極利用を

 このように自宅療養は、病状が悪化した際の対応に不安があるだけでなく、同居家族への感染リスクという面でも問題があるわけです。そこで私は、軽症者には自宅療養だけでなく、宿泊療養を積極的に利用してもらうことを提案したいと思います。宿泊療養は昨年4月ごろから日本全国で行われてきました。医療従事者が24時間待機しているので感染者は安心ですし、同居家族への感染も心配ありません。ある意味、日本国民向きの診療システムと言えるでしょう。

 この宿泊療養が第4波までは積極的に行われてきましたが、第5波では自治体によって差が見られています。例えば、7月初旬の厚労省の調査では、全療養者のうち宿泊療養が占める割合は東京都が22.3%、大阪府が29.4%とほぼ同率でした。しかし、第5波が始まった8月初旬の調査では、大阪府は27.5%と変化がありませんが、東京都は6.1%と大きく減っているのです。

 東京都は8月上旬でも宿泊療養のために6000室を確保しており、この数は以前と変わりません。むしろ、宿泊療養のために必要な医療従事者のマンパワーや手続き面などに問題があるのかもしれません。東京都としては宿泊療養が行いにくい理由を明確にするとともに、政府としても自治体での宿泊療養をバックアップする対応を取ることが、医療崩壊を回避するためには必要ではないでしょうか。

五輪マークと記念撮影をするため集まった人たち=東京都新宿区 2021年07月31日

 ◇第5波の行方

 この原稿を書いている8月上旬の時点で第5波の流行にピークが見えません。ただ、東京都では増加のスピードがやや落ちているようにも感じます。オリンピックの閉幕とともに国民の関心が再び新型コロナの流行に向かうことで、予防対策や人流の抑制が今まで以上に進むことを期待したいと思います。

 もし、このままのペースで感染者数が増えれば、確実に医療は逼迫から崩壊に向かうでしょう。それを防ぐためには重症者や、その可能性のある感染者を確実に医療機関につなぐことが必要です。その方法として、私は自宅療養と宿泊療養を併用するシステムが有効だと思います。(了)

濱田 篤郎 特任教授


 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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