こちら診察室 がんを知ろう
がんで失恋、そこから再起
~実例ヒントに考えてもらう~ 第3回
がん教育授業の始まりのところで、よく次のような話をしています。私が大学医学部の卒業式で偉い先生に言われた話です。その偉い先生は当時60歳くらいだったでしょうか。その先生が学生の頃に、上の先生に質問されたそうです。「10人の患者が病院に来たときに、医者はどのくらいの患者の体調を改善させることができると思うか?」。そして続けられたそうです。「3人は治療によって体調が良くなる。3人は変わらない、つまり放っておいても自然に良くなる。3人は治療によって体調が悪くなる。残りの1人はどうだろうか。今後の医療の進歩で残りの1人を治療で良くできればと思う」。この大先輩の言葉は今から40年くらい前の話です。
今の状況はもう少し良くなっているとは思いますが、来院された患者10人のうち、治療によって状態が良くなるのはせいぜい半分くらいでしょうか。結局、医療ができることはまだこの程度です。やはり、まずは病気にならないことが一番です。そのためには、正しく健康や病気を理解することが大切になります。
そしてがん教育では、プライバシーを尊重しつつ具体的な例を通して考えてもらうことが何よりも大事だと痛感しています。
さまざまな工夫をしながら、がん教育が行われる
◇受けなかった精密検査
これから、現在筆者が中学生向けに行っているがん教育の内容を実際の授業にならって紹介していきます。自己紹介の後で、具体的な患者の例を出します。ただ、内容の一部は授業の終盤で明かします。
授業で取り上げた患者のA子さんは、東京の大学を卒業し働き始めて2年目のOLです。仕事も遊びも満喫していました。大学の頃からの彼氏もいました。忙しい毎日を過ごしていたある日、生理でもないのに突然、不正出血をしました。女性の性器から出る出血のことです。
A子さんはここであることを思い出します。1年ほど前に受けた子宮頸(けい)がん検診です。検診では「精密検査が必要」と言われていたのに、日々の生活の忙しさに追われ、つい忘れてしまっていました。A子さんは「病院に行かなければ」と思い立ち、家族や友達に相談して病院を探しました。
そして専門の病院を受診し、子宮頸がんと診断されました。もちろん、若い彼女にとっては突然の出来事であり、深く思い悩みます。家族は心からA子さんの話に耳を傾けてくれました。しかし、3年近く交際が続いていた彼氏には振られてしまいました。A子さんはつらそうに話し、「病気のことが原因で関係がうまくいかなくなってしまった」と付け加えました。
◇二つの治療を提案
それでもA子さんは決心を固め、治療に取り組むことにしました。彼女は主治医に二つの治療を提案されます。手術か、抗がん剤を同時に使う放射線治療です。手術ではもちろん、入院が必要です。A子さんが中心になっている大きな仕事も諦めなければいけません。放射線治療と抗がん剤は1泊2日くらい入院する必要はありますが、仕事に穴も開けずに通院で治療ができます。「治療効果も手術と同じですよ」という説明を受けました。
結果として、A子さんは抗がん剤と放射線治療を受けることにしました。治療は順調に進みました。仕事については早退などはありましたが、ほとんど休まずに続けることができました。その後治療は無事に終わり、がんを倒す(完治する)ことができました。彼女は現在、元気に暮らし、仕事もバリバリ頑張っているそうです。治療後に出会った人と先日、結婚したということです。治療がうまくいって、とても良かったと思います。
ここで、もう一つ付け加えなければいけないことがあります。彼女は、子宮頸がんを予防できる子宮頸がんワクチンを接種していない世代だったのです。ワクチンを受けていれば子宮頸がんになることを防げていたかもしれません。
◇エピソードも取り上げる
授業中に触れるキーポイントを図のように空欄にして、最後に改めて説明します。最近、子宮頸がんワクチン接種の積極的勧奨が再開されるという重要な制度変更がありました。特に子宮頸がんワクチンは小学校6年生から高校1年生の女子に推奨されているワクチンですので、がん教育を行う世代に合致します。授業では、こうしたエピソードも取り上げています。
以前は、7割近くの女子がこのワクチンを接種していましたが、紹介した患者さんと同様の世代ですと、その割合は1000人に1人以下です。積極的勧奨が再開された現在でもその割合はまだまだ少なく、今後さらに周知していく必要があります。
◇少人数で話し合う
日本では受診率が低いことが問題視されている「がん検診」については、受けるべき検査項目やがん腫ごとの適切な受診年齢などについて話します。これらの内容を図表や写真、動画やアニメーションなどを交えながら解説していきます。前回紹介したロールプレイに加え、「がんに対する誤解」、「がん患者に接するときに注意すべきこと」、「がんを予防するためにはどうすればよいか」などのテーマを設けて少人数のグループに分かれて話し合うグループワークも実施します。グループワークでは、生徒と年齢が近い小児がんの患者に関する話や治療費などの金銭的な問題などもテーマにしたいと考えています。生徒の関心も高いと思います。(了)
南谷優成(みなみたに・まさなり)
東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。
中川恵一(なかがわ・けいいち)
東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。
(2023/04/21 05:00)
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