こちら診察室 がんを知ろう

体験、思いを伝える
~がん教育の外部講師たち~ 第11回

 ◇命の大切さを伝える

 しかし一方で、がんの経験者にはいろいろな立場の人がいて、経過や思いがそれぞれ違うことも伝えているそうです。思春期真っ盛りの中学生に親の優しさを再認識してほしいと思い、子どものことを心配しながらがんで亡くなった母親のことや、闘病中の母親が、自分のこと以上に子どものことを心配することを話しています。

 前川さんは、長男が幼い頃に白血病のために2年間闘病し、亡くなったことも題材にしています。この息子さんは、治療で使うステロイド剤という薬の副作用で顔や体が真ん丸に膨れ上がる「ムーンフェース」という状態になっていました。スライドで白血病になる前の写真とムーンフェースになった写真を見せて、「人はいろいろな個性があります。外見で判断しないでくださいね」と話し掛けます。この写真を見て、生徒が心の中で何かを感じ取ってほしいと願っているからです。

 その上で、前川さんは、がん経験者からのメッセージとして「命の大切さと、平凡と思える日常がいかに貴重で大切であるか」を伝えたいと話されています。治療する側の医師や看護師、受ける側のサバイバー。それぞれ立場が異なると、伝えるメッセージもさまざまです。

 ◇みんなで勉強する

 がん教育という言葉からは「がんを教育する」と「がんで教育する」という二つの意味が考えられます。前者だと、がんについての知識や理解を深めることによって、健康と命の大切さについて学ぶといったニュアンスが強くなります。後者では、がんという題材を使って、健康や命の大切さを学ぶという感覚になるでしょうか。もちろん二つの間に大きな違いはありません。

 文部科学省の検討会は、がん教育について「がんを他の疾病などと区別して特別に扱うことが目的ではない」としています。どちらかといえば、後者のニュアンスが望ましいのでしょうか。例えば、消化器がんの専門医に外部講師になってもらっても、自分の専門である食道がんや肝臓がんの話ばかりされては困ってしまいます。がん教育とは、がんという題材を使って、健康教育の一環として「子どもたちの今後のヘルスリテラシー向上のためにみんなで勉強していこう」というプロジェクトなのですから。(了)

 南谷優成(みなみたに・まさなり)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
 2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。

 中川恵一(なかがわ・けいいち)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
 1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。

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