嚢胞性肺疾患〔のうほうせいはいしっかん〕
嚢胞性肺疾患とは、肺の中に「嚢胞(のうほう)」と呼ばれる、薄い膜に囲まれたふくろ状の空間がたくさんできる病気の総称です。最近ではCT検査の性能が向上し、こうした異常がよりくわしく見つけられるようになってきました。
嚢胞の中には空気がたまっていることが多いですが、場合によっては液体ややわらかいかたまりが入っていることもあります。これらの病気は原因も特徴もさまざまで、治療の方法も異なります。
嚢胞性肺疾患には、さまざまな病気が含まれます。たとえば、肺の一部がこわれて空気がたまる「肺気腫(慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉 )」や、気管支がひろがってしまう「気管支拡張症」なども、画像上では似たように見えるため、注意深く見分けることが大切です。
ここでは、代表的な嚢胞性肺疾患のなかから、リンパ脈管筋腫症(別項参照)を除いた主要な疾患である、肺ランゲルハンス細胞組織球症、Birt-Hogg-Dubé症候群の2つを紹介します。
■肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH:Pulmonary Langerhans cell histiocytosis)
PLCHは、おもに20~40代の喫煙者にみられる、まれな肺の病気です。肺の中で、「ランゲルハンス細胞」と呼ばれる免疫のはたらきを担う細胞が、細気管支のまわりに炎症をひき起こすことで進行します。こわれた部分が空洞になり、進行すると嚢胞がひろがります。最近の研究では、細胞の増殖を制御する遺伝子(たとえばBRAFやMAP2K1など)に異常が見つかることがあり、これが細胞の異常なはたらきや病気の持続にかかわっていると考えられています。また、この病気は肺だけに起こることもあれば、まれに全身のほかの臓器と関係する場合もありますが、成人のPLCHはおもに肺に限局していることが多いです。原因としてもっとも大きな要因は喫煙であり、喫煙歴のある人に多く発症しています。
[症状][診断]
PLCHは、息切れやせきなどの呼吸器症状がみられることが多く、約3分の2の患者がこれらの症状をうったえます。また、だるさや体重の減少、発熱といった全身の不調があらわれることもあります。特徴的な合併症として自然気胸があり、約15~20%の患者で発症します。これは突然の胸の痛みや息苦しさをひき起こす原因になります。まれに肺以外にも異常がみられることがあり、骨や皮膚に加えて、ホルモンを調節する脳の一部(下垂体)が影響を受けると、尿量が異常にふえる「尿崩症」を起こすこともあります。
診断には、胸部CTのなかでもよりくわしく肺の構造を映し出せる「高分解能CT(HRCT)」が重要です。PLCHでは、肺の上の部分を中心に、不規則な形の嚢胞や小さな結節がみられるのが特徴です。診断を確定するためには、気管支肺胞洗浄や肺生検(経気管支肺生検や胸腔鏡下肺生検)がおこなわれます。肺の組織を顕微鏡で見ると、病気のもとになっている特殊な免疫細胞(ランゲルハンス細胞)が集まっている様子が観察され、この細胞は特定のたんぱく質(CD1aやS100)を持っていることから確認できます。さらに、「BRAF」や「MAP2K1」などの遺伝子に異常があることもわかっており、必要に応じて遺伝子検査がおこなわれることもあります。
[治療]
もっとも重要なのは禁煙です。特定の遺伝子変異(BRAF V600E変異など)がある場合には、それを標的とする薬剤(ベムラフェニブなど)が使用されることがあります。
■Birt-Hogg-Dubé症候群(BHD)症候群
Birt-Hogg-Dubé症候群(バート・ホッグ・デュベ)症候群は、FLCN遺伝子の生殖細胞系列変異によって発症する遺伝性疾患です。この病気は以下の3つを特徴とします。
・肺嚢胞とそれに伴う自然気胸
・顔面や頸部の皮膚病変(線維性毛包腫など)
・腎腫瘍(腎細胞がんなど)
FLCN遺伝子がつくるたんぱく質のフォリクリン(folliculin)は、細胞の成長や代謝を調節するmTOR経路に関与しており、その異常が嚢胞形成の原因と考えられています。
[症状][診断]
もっとも頻度が高い症状は自然気胸で、特にくり返す気胸や、家族歴に気胸のある場合は本症候群を疑います。そのほか、線維性毛包腫などの皮膚病変が顔面や頸部に出現し、腎腫瘍(多くは良性だが悪性のこともある)がみられることもあります。発症年齢は30~40歳が典型的です。
診断には以下の検査がおこなわれます。
・高解像度CT(HRCT):両側の肺底部、特に縦隔(胸の真ん中にある心臓や気管などが集まっている部分)のそばに分布する楕円形あるいはレンズ状の嚢胞が特徴です。血管に接していることが多く、壁の厚みは比較的一様です。
・皮膚病変の生検:線維性毛包腫の診断に役立ちます。
・腎腫瘍の画像検査:超音波、CT、MRIなどで評価します。
・FLCN遺伝子の遺伝子検査:確定診断のためにはこの検査がもっとも重要です。
なお、経気管支肺生検は本疾患の診断には有用ではないとされています。病理学的には、嚢胞壁には異常な細胞増殖や著明な炎症・線維化が乏しく、肺実質内あるいは胸膜直下に薄壁の嚢胞が多発する所見が特徴です。
[治療]
現在、Birt-Hogg-Dubé症候群に対する特定の薬物療法は確立されていません。気胸をくり返す場合には外科的治療(胸腔鏡下手術など)が検討されます。また、腎腫瘍は悪性化のリスクもあるため、定期的な画像検査によるフォローアップが必要です。
■そのほか肺の内部に境界明瞭で不整形~類円形の嚢胞を多数認める疾患
シェーグレン症候群、リンパ増殖性肺疾患、アミロイドーシス、軽鎖沈着症などの多数の疾患があります。
嚢胞の中には空気がたまっていることが多いですが、場合によっては液体ややわらかいかたまりが入っていることもあります。これらの病気は原因も特徴もさまざまで、治療の方法も異なります。
嚢胞性肺疾患には、さまざまな病気が含まれます。たとえば、肺の一部がこわれて空気がたまる「肺気腫(慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉 )」や、気管支がひろがってしまう「気管支拡張症」なども、画像上では似たように見えるため、注意深く見分けることが大切です。
ここでは、代表的な嚢胞性肺疾患のなかから、リンパ脈管筋腫症(別項参照)を除いた主要な疾患である、肺ランゲルハンス細胞組織球症、Birt-Hogg-Dubé症候群の2つを紹介します。
■肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH:Pulmonary Langerhans cell histiocytosis)
PLCHは、おもに20~40代の喫煙者にみられる、まれな肺の病気です。肺の中で、「ランゲルハンス細胞」と呼ばれる免疫のはたらきを担う細胞が、細気管支のまわりに炎症をひき起こすことで進行します。こわれた部分が空洞になり、進行すると嚢胞がひろがります。最近の研究では、細胞の増殖を制御する遺伝子(たとえばBRAFやMAP2K1など)に異常が見つかることがあり、これが細胞の異常なはたらきや病気の持続にかかわっていると考えられています。また、この病気は肺だけに起こることもあれば、まれに全身のほかの臓器と関係する場合もありますが、成人のPLCHはおもに肺に限局していることが多いです。原因としてもっとも大きな要因は喫煙であり、喫煙歴のある人に多く発症しています。
[症状][診断]
PLCHは、息切れやせきなどの呼吸器症状がみられることが多く、約3分の2の患者がこれらの症状をうったえます。また、だるさや体重の減少、発熱といった全身の不調があらわれることもあります。特徴的な合併症として自然気胸があり、約15~20%の患者で発症します。これは突然の胸の痛みや息苦しさをひき起こす原因になります。まれに肺以外にも異常がみられることがあり、骨や皮膚に加えて、ホルモンを調節する脳の一部(下垂体)が影響を受けると、尿量が異常にふえる「尿崩症」を起こすこともあります。
診断には、胸部CTのなかでもよりくわしく肺の構造を映し出せる「高分解能CT(HRCT)」が重要です。PLCHでは、肺の上の部分を中心に、不規則な形の嚢胞や小さな結節がみられるのが特徴です。診断を確定するためには、気管支肺胞洗浄や肺生検(経気管支肺生検や胸腔鏡下肺生検)がおこなわれます。肺の組織を顕微鏡で見ると、病気のもとになっている特殊な免疫細胞(ランゲルハンス細胞)が集まっている様子が観察され、この細胞は特定のたんぱく質(CD1aやS100)を持っていることから確認できます。さらに、「BRAF」や「MAP2K1」などの遺伝子に異常があることもわかっており、必要に応じて遺伝子検査がおこなわれることもあります。
[治療]
もっとも重要なのは禁煙です。特定の遺伝子変異(BRAF V600E変異など)がある場合には、それを標的とする薬剤(ベムラフェニブなど)が使用されることがあります。
■Birt-Hogg-Dubé症候群(BHD)症候群
Birt-Hogg-Dubé症候群(バート・ホッグ・デュベ)症候群は、FLCN遺伝子の生殖細胞系列変異によって発症する遺伝性疾患です。この病気は以下の3つを特徴とします。
・肺嚢胞とそれに伴う自然気胸
・顔面や頸部の皮膚病変(線維性毛包腫など)
・腎腫瘍(腎細胞がんなど)
FLCN遺伝子がつくるたんぱく質のフォリクリン(folliculin)は、細胞の成長や代謝を調節するmTOR経路に関与しており、その異常が嚢胞形成の原因と考えられています。
[症状][診断]
もっとも頻度が高い症状は自然気胸で、特にくり返す気胸や、家族歴に気胸のある場合は本症候群を疑います。そのほか、線維性毛包腫などの皮膚病変が顔面や頸部に出現し、腎腫瘍(多くは良性だが悪性のこともある)がみられることもあります。発症年齢は30~40歳が典型的です。
診断には以下の検査がおこなわれます。
・高解像度CT(HRCT):両側の肺底部、特に縦隔(胸の真ん中にある心臓や気管などが集まっている部分)のそばに分布する楕円形あるいはレンズ状の嚢胞が特徴です。血管に接していることが多く、壁の厚みは比較的一様です。
・皮膚病変の生検:線維性毛包腫の診断に役立ちます。
・腎腫瘍の画像検査:超音波、CT、MRIなどで評価します。
・FLCN遺伝子の遺伝子検査:確定診断のためにはこの検査がもっとも重要です。
なお、経気管支肺生検は本疾患の診断には有用ではないとされています。病理学的には、嚢胞壁には異常な細胞増殖や著明な炎症・線維化が乏しく、肺実質内あるいは胸膜直下に薄壁の嚢胞が多発する所見が特徴です。
[治療]
現在、Birt-Hogg-Dubé症候群に対する特定の薬物療法は確立されていません。気胸をくり返す場合には外科的治療(胸腔鏡下手術など)が検討されます。また、腎腫瘍は悪性化のリスクもあるため、定期的な画像検査によるフォローアップが必要です。
■そのほか肺の内部に境界明瞭で不整形~類円形の嚢胞を多数認める疾患
シェーグレン症候群、リンパ増殖性肺疾患、アミロイドーシス、軽鎖沈着症などの多数の疾患があります。
(執筆・監修:順天堂大学大学院医学研究科 准教授〔呼吸器内科学〕 光石 陽一郎)