急性肝炎〔きゅうせいかんえん〕 家庭の医学

 ウイルスが肝臓の細胞に感染すると、これを排除する免疫反応が起こります。肝臓にはリンパ球などの免疫細胞が集まる炎症が起こり、これがウイルスの感染している肝臓の細胞を攻撃します。その結果、肝臓の細胞がこわれるのが肝炎です。肝炎が急に起こり、短期間に肝臓の細胞が大量に破壊される病気が急性肝炎です。

[原因]
 急性肝炎はA型、B型、C型、E型肝炎ウイルスの感染で起こりますが、EBウイルスやサイトメガロウイルスなど肝炎ウイルス以外のウイルス感染が原因のこともあります(伝染性単核球症の項参照)。また、原因のわからない場合もあり、その頻度は急性肝炎の患者さんの約30%で、けっしてまれではありません。また、免疫反応が暴走して、肝臓の細胞を攻撃する自己免疫性肝炎が原因の場合もあります(自己免疫性肝炎の項参照)。

[感染経路]
 A型肝炎ウイルス(HAV)とE型肝炎ウイルス(HEV)は糞便(ふんべん)中に排泄され、これに汚染された水や食べ物を摂取することで感染します(糞口感染)。いっぽう、B型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)は血液や体液を介して感染します。このため昔は輸血後肝炎の原因でしたが、現在では献血の肝炎ウイルス遺伝子検査によって、輸血で感染することはほとんどなくなりました。
 HAVは下水が流入して大腸菌など糞便由来の細菌が蓄積しやすい河口付近でとれる海産物の生食で感染する場合が大部分です。このため生ガキがもっとも多い感染源です。HAVに感染すると、急性肝炎が治癒したあともしばらくは糞便中に排泄されています。このため退院後の患者さんの手洗いが不十分の場合は、調理に際して汚染が起こり、海産物以外から感染する場合もあります。なお、2018年以降は男性の同性愛者に、HAVによる急性肝炎が多く発症しています。
 HEVはブタ、イノシシ、シカなどの動物に感染しています。このためジビエや、市販されているブタのレバーなどを生食することで感染する人獣共通感染症です。
 HBVは出産時の母子感染など幼少期に感染すると、ウイルス感染が持続するキャリアになり、慢性肝炎肝硬変の原因になります。急性肝炎を発症するのは、成人になってからの感染で、もっとも多い感染経路は性交渉です。なお、HBVは、まだ肝炎が起こっていない無症候性キャリアや、肝炎がすでに落ち着いた非活動性キャリアに、急に肝炎が起こって(急性増悪)、急性肝炎と同様の状態になることがあります。特に抗がん薬や免疫抑制薬を使った治療をおこなうと、非活動性キャリアやすでに血中からウイルスが消えている既往感染例でもHBV-DNA量が高値になり(再活性化)、肝炎を発症することがあります。これらHBVのキャリアに起こる肝炎は、厳密には急性肝炎に含めません。
 HCVは医療行為によって感染するのが大部分で、母子感染や性交渉でも感染しますが、その頻度はHBVよりはるかに低率です。現在では医療行為による感染もほぼなくなりましたが、ピアスの穴あけやタトゥーなどでHCVに感染する患者さんが散見されます。

[症状]
 肝炎ウイルスが感染しても、すぐ肝炎を発症するのではありません。肝臓内でウイルス量がふえてから発症し、感染から発症するまでの期間が潜伏期です。潜伏期はHAVとHEVは2~6週、HBVは4~24週、HCVは2~12週が一般的です。
 初発症状は発熱、筋肉痛などのインフルエンザ様症状や倦怠(けんたい)感、食欲低下、吐き気などの消化器症状が多くみられます。これら症状が軽快したころに黄疸(おうだん)があきらかになります。しかし、これら症状は肝炎ウイルスによって異なり、HAVとHEVによる急性肝炎では顕著ですが、HCV感染の場合は軽度であり、黄疸も出ないため急性肝炎になったことにさえ気づかない患者さんがいます。HBV感染ではインフルエンザ様症状や消化器症状が顕著な場合もありますが、軽い場合も多く、黄疸が初発症状の患者さんもいます。原因不明の場合も同様で、黄疸が初発症状で急性肝炎と診断される患者さんが大部分です。
 急性肝炎の患者さんの大部分は、2~8週の経過で黄疸は軽快します。しかし、黄疸が改善せず、全身倦怠感、食欲低下などが増悪する場合は、急性肝炎が急性肝不全に進展する可能性があります。

[肝機能検査]
 血清AST値、ALT値が上昇し、最高値は1000単位以上になるのが一般的です。最高値になるまではASTがALTよりも高値ですが、ピークを過ぎると逆転して、両値ともに徐々に低下します。AST値とALT値のピーク後に、総ビリルビン値が徐々に上昇します。また、肝臓の機能が低下すると、プロトロンビン時間(%)が低下、プロトロンビン時間INRが上昇します。しかし、急性肝炎の大部分ではプロトロンビン時間の異常は一過性で、1~2週で正常値に戻ります。いっぽう、総ビリルビン値は症状がなくなったあとも上昇が続く場合がありますが、4~12週で正常化します。プロトロンビン時間や総ビリルビン値の異常が長期間で、徐々に増悪する場合は、急性肝不全に進展する可能性があります。A型、B型急性肝炎では血小板数が低値になる場合もあります。

[成因の診断]
 肝炎ウイルス感染のスクリーニングとして、IgM型HAV抗体、HBs抗原、HBc抗体、IgM型HBc抗体、HCV抗体、IgA型HEV抗体を測定します。これら抗原、抗体検査がすべて陰性でも、HBVやHCVの感染が疑われる場合には、遺伝子検査としてHBV-DNAとHCV-RNAを測定します。また、HBc抗体とIgM型HBc抗体は、HBVによる急性肝炎と、キャリアの急性増悪を区別する際に重要な検査です。
 いっぽう、自己免疫性肝炎を除外するために、抗核抗体、IgGを測定します。薬物性肝障害を除外するためには、投与された薬剤の有無と種類を詳細に聞き取ります。また、胆石が総胆管に落ちて閉塞すると、急性肝炎のような肝機能異常を起こすので、腹部超音波をおこない、必要に応じてCTやMRI検査もおこないます。

[治療]
 急性肝炎の大部分は自然経過で回復します。このため入院して注意して経過観察しても、特に治療をおこなわないのが一般的です。食欲低下、吐き気などの消化器症状が強い場合は、水と栄養分の補給のために、輸液をおこないます。
 しかし、症状や肝機能検査値の推移から、重症化して急性肝不全に移行する可能性があるときは、成因に対する治療と肝臓がこわれるのを抑える治療(肝庇護〈ひご〉療法)をおこないます。HAVやHBV感染で血小板数が低下している場合は、血液が固まるのを抑える抗凝固療法をおこないます。また、HBV感染では核酸アナログとインターフェロン、HCV感染では直接型抗ウイルス薬(DAA)を投与することがありますが、これら抗ウイルス療法は急性肝炎では保険適用がありません。肝庇護療法としては、副腎皮質ステロイドを大量に点滴静注するパルス療法をおこないます。

[予後]
 重症化して急性肝不全になる頻度は、HBVの感染でもっとも高率です。急性肝不全で致死的経過にならなければ、HBVに対する中和抗体であるHBs抗体が陽性になって肝炎は沈静化し、血中からHBVが消えた既往感染例になります。しかし、最近のB型急性肝炎は、欧米の遺伝子型(Ae型)のHBVの感染例が多く、その場合は成人になってから感染した場合でも、約10%がHBs抗原陽性のキャリアになります。
 なお、厳密には急性肝炎ではありませんが、HBVキャリアの急性増悪は要注意です。特に免疫抑制療法、抗がん薬の化学療法による再活性化例は、急性肝不全になる頻度が高く、急性肝不全と診断されると救命できる患者さんは5%程度です。
 HAVによる急性肝炎は、高齢者ほど重症化する頻度が高い傾向にあります。致死的経過でない症例では、中和抗体であるIgG型HAV抗体が陽性になって、HAVはからだから排除されます。いっぽう、HEVによる急性肝炎の重症度は遺伝子型で差異があり、北海道に多いⅣ型の場合に急性肝不全になる頻度が高率です。HEVの場合も中和抗体であるIgG型HEV抗体が陽性になり、大部分の患者さんではHEVがからだから排除されます。しかし、臓器移植後で強い免疫抑制療法を受けている患者さんでは、HEVが排除されず、HEVによる慢性肝炎になる場合もあります。
 HCVの感染で、急性肝不全になることはほとんどありません。しかし、成人で感染しても70~80%はキャリアになり、C型慢性肝炎に移行します。20~30%はHCVがからだから排除された既往感染例です。

[予防]
 HAV、HEVの感染予防には、食物の加熱、調理前の手洗い、調理器具の塩素消毒が有用です。特にHEVではブタのレバーやジビエの生食に注意する必要があります。なお、HAVはワクチンがありますので、衛生状態がよくない国に行くときには、接種することが推奨されます。
 HBVの感染予防にもワクチンが有効です。1985年以降はHBs抗原陽性の母が出産した新生児には、抗HBsヒト免疫グロブリンとHBVワクチンを接種しており、2016年以降はその他の新生児にもすべてHBVワクチンを接種するようになりました。しかし、配偶者がHBs抗原陽性キャリアの場合には、自費になりますがHBVワクチンの接種が推奨されます。
 HCVに対するワクチンはありません。最近の感染はピアスの穴あけやタトゥーなどが大部分ですので、これら処置を非公式な場でおこなわないことが、予防に際して重要です。

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