「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

20世紀後半から見られた流行の予兆
~動物からヒトに未知の感染~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第14回】

 2021年1月中旬、世界保健機関(WHO)の調査団が中国の武漢に入り、今回の新型コロナウイルス流行の原因を調べました。調査団は三つの仮説を立てて臨みました。第1はウイルスが武漢周辺の野生動物などからヒトに感染したという説、第2は冷凍食品などを介して武漢に持ち込まれたとする説、第3は武漢にあるウイルス研究所から流出したとする説です。

 この中間報告が2月9日に調査団から発表され、第3の可能性は低いとのことでした。しかし、2月12日にWHOのテドロス事務局長は「全ての仮説を否定していない」というコメントを出しています。今回の大流行の原因解明は、今後、同様の流行を繰り返さないために大切なことです。そこで、新型コロナウイルスの流行が発生した原因について検討してみます。

中国・武漢で、最初に新型コロナウイルスの集団感染が確認された華南海鮮市場を訪れるWHO調査団=2021年01月31日【AFP時事】

中国・武漢で、最初に新型コロナウイルスの集団感染が確認された華南海鮮市場を訪れるWHO調査団=2021年01月31日【AFP時事】

 ◇流行発生に関する諸説

 今回の流行が公表されたのは2019年12月31日のことです。この日に中国保健当局が、武漢にある食品市場の従業員や買い物客に、12月初旬から原因不明の肺炎患者が多発していることを報告しました。この原因不明の肺炎新型コロナウイルスによるものだったのです。この市場では生きた食用動物が販売されており、こうした動物からウイルスがヒトに感染したと考えられてきました。

 しかし、武漢では12月以前から患者が発生していたという報告や、最初は市場関係者以外の患者が多かったという報告もあり、食品市場での患者発生はヒトからヒトへのクラスターではないかという説もあります。また、12月以前にヨーロッパで感染者が発生していた可能性を示す報告も見られ、ウイルスが中国以外を起源とする説も唱えられています。

 このように新型コロナウイルスの流行発生をめぐっては諸説あり、WHOの調査団はそれを解明することを目的にしていました。

 ◇動物からヒトに感染した

 新型コロナウイルスの遺伝子解析によれば、もともとはコウモリが保有するウイルスと考えられています。それがヒトの流行を起こしたわけですから、何らかの経路でコウモリからヒトに感染する機会があったのでしょう。コウモリから他の動物に感染し、そこからヒトに感染した可能性もあります。

 2002年に中国南部で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)も、今回の新型コロナウイルスと近縁のウイルスが原因でした。このSARSウイルスもコウモリが保有しており、それが小動物に感染し、そこからヒトへの感染が起きたようです。この時は、食材として生きたまま売られていた、ハクビシンが原因だったと考えられています。この動物の飛沫(ひまつ)や排せつ物から感染したのでしょう。

 この前例を参考にすれば、今回も武漢の市場で販売されていた何らかの動物がウイルスを保有しており、その動物からヒトに感染したと考えるのが合理的のようです。この動物として、今回はセンザンコウが候補に挙がっています。

センザンコウの子ども【AFP時事】

センザンコウの子ども【AFP時事】

 ◇動物を捕獲した場所が問題

 昔から中国では、ハクビシンやセンザンコウが食材に用いられてきました。しかし、動物の持つ未知の病原体が、ヒトに感染するようなことはなかったようです。だからこそ、長年にわたり、食材として使用されてきたのです。それがなぜ、最近、立て続けに感染を起こしているのでしょうか。

 私は動物の捕獲された場所に問題があると思います。少し前まで、中国では食用動物を町の周辺で捕獲していました。しかし、経済発展により奥地への開発が進むのにつれて、今までヒトの立ち入ることがなかった場所で捕獲した動物を用いるようになります。こうした奥地の動物が未知のウイルスを保有していたと考えられます。

 実は、奥地に生息する動物から、未知のウイルスがヒトに感染するという現象は、20世紀後半から世界各地で何回も起きていました。

 ◇20世紀後半から見られた感染の連鎖

 この代表的な例が1970年代からアフリカ各地で流行を繰り返しているエボラウイルスです。このウイルスもコウモリが保有しており、以前はヒトの立ち入らない奥地で流行していたと考えられています。しかし、20世紀後半、アフリカ諸国が経済発展して奥地への開発が進むと、そこでエボラウイルスを保有するコウモリや感染したサルに接することで、ヒトへの感染が起きたのです。その結果、ヒトの間で流行が拡大していきました。

 1998年にマレーシアで発生した、ニパウイルスの流行も同様です。このウイルスも奥地のコウモリが保有していたため、最近までヒトに感染することはありませんでした。しかし、奥地への開発が進んだ結果、ヒトに感染し、このウイルスによる脳炎患者が多発したのです。

 いずれもコウモリが保有するウイルスであることは興味深いところですが、それ以上に重要なのは、コウモリや仲介する動物が、今までヒトが立ち入らなかった奥地に生息していたと推定される点です。20世紀後半、アジアやアフリカの国々が経済成長し、奥地への開発を盛んに行うようになります。その結果、そこに生息していた動物にヒトが接触し、動物の保有する未知のウイルスに感染したのです。

 こうした20世紀後半の予兆の果てに、今回の新型コロナウイルスの世界流行が起きました。

WHOのテドロス事務局長=スイス・ジュネーブ【AFP時事】

WHOのテドロス事務局長=スイス・ジュネーブ【AFP時事】

 ◇グローバル化による世界拡大

 20世紀以前にも動物からヒトに未知の病原体が感染し、それが局地的な流行になることは何度かあったはずです。しかし、流行が局地的だったために、気づかれることなく終息した可能性があります。

 一方、最近は航空機移動の発達によるグローバル化の進展で、局地的な流行が短期間のうちに世界中に拡散するようになりました。これは2002年に中国で起きたSARSの流行で経験されています。2003年2月、香港に到達した流行は、そこから世界32カ国に波及し、同年7月までに8000人以上の感染者が発生したのです。この時に流行したSARSウイルスはヒトに適応できなかったため、それ以降は流行しませんでした。これがヒトに適応しやすいウイルスだったら大変な事態になっていただろうと、当時は考えたものです。

 それが現実のものになるのが、今回の新型コロナウイルスの流行でした。

 ◇流行を繰り返さないために

 WHOの調査団は流行原因を解明するまでには至りませんでしたが、20世紀後半から続発している、動物からヒトに未知のウイルスが感染するという現象が関係している可能性は大いにあります。もしそうならば、この現象の背景にある、奥地への開発促進やグローバル化という社会問題に注目する必要があるでしょう。こうした問題を解決することなしに、新たな流行の再発を防ぐことはできないのです。(了)


濱田特任教授

濱田特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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