「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

なぜ水際対策をもっと緩和しなかったのか
~欧米は「ワクチン接種証明書」など要求で健康監視不要~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第32回】

 11月8日、日本政府は新型コロナウイルスの水際対策緩和を発表しました。具体的には「外国人の新規入国制限の緩和」と「ワクチン接種者の入国後行動制限の緩和」の二つの措置です。前者は、外国人のビジネス渡航者や留学生などの入国を可能にするための大きな進展だと思います。一方、後者のワクチン接種者への行動制限緩和については、最近の欧米諸国での措置に比べて小ぶりなものになり、海外出張者を抱える企業からは不満の声が数多く聞かれています。そこで、今回は水際対策の緩和措置について考えてみます。

日本入国のため検疫施設で手続きを待つ人たち=11月8日、成田空港

 ◇日本の厳しい水際対策

 日本の水際対策が世界でも厳しいレベルにあることは、以前の本連載(第28回)でも紹介しました。対策の強化は2020年12月に変異株が流行し始めたのを契機に始まり、外国人は特例以外の入国ができなくなりました。日本人が入国する際にも新型コロナ検査の陰性証明書が求められ、その上で空港検査が行われます。これが陰性なら入国が許可されますが、変異株のハイリスク国からの入国者は検疫所の指定する施設に停留させられ、入国後検査を受けなければなりません。そして、全ての入国者に入国後14日間、自宅などでの健康監視を義務付けていました。

 海外の国々でもさまざまな水際対策を実施してきましたが、ワクチン接種が拡大するのに従って、2021年の秋ごろから対策を緩和する動きが見られています。こうした動きは欧米諸国で顕著に見られ、米国は11月8日から「検査陰性証明書」と「ワクチン接種証明書」を提示することで、全ての国からの入国を許可しています。

 ◇使いにくい緩和措置

 日本でも11月8日から水際対策が緩和され、外国人の入国については条件を満たせば許可することになりました。留学生などは人数制限があるため段階的になりますが、日本の大学や日本語学校では、外国人学生の入学がしばらく止まっていただけにうれしいニュースになりました。

 そして、もう一つの目玉が入国後の行動制限の緩和措置です。これは海外に事業展開する企業が期待していたもので、今までは海外出張に社員を送り出しても、帰国後14日間は自宅などでの健康監視が必要でした。この期間が、ワクチン接種者は帰国後3日間に短縮できるようになったのです。

 ただし、期間を短縮するためには、所属する会社が管轄省庁に帰国後の行動計画書などを事前提出し、審査を受けなければなりません。また、3日目以降にコロナの検査を受け、その陰性結果を国の健康確認センターに報告し、さらに帰国後10日目までは毎日、会社が帰国者の健康監視を行う必要があります。

 このように複雑で大変手間のかかる手続きがあるため、多くの企業関係者からは、「使いにくい」「14日間の自宅健康監視の方がましだ」という声が数多く上がっています。

 ◇欧米型とアジア型の水際対策

 水際対策の緩和については各国で対応が異なりますが、欧米型とアジア型に大きく分けることができます。

 欧米型は西ヨーロッパや北米の国々での対応で、入国条件として「ワクチン接種証明書」や「検査陰性証明書」の提出を要求しますが、それが満たされれば入国後の健康監視は求めません。一方、アジア型は東アジアや東南アジアの国々での対応で、入国条件は「陰性証明書」のみが多く、「接種証明書」も提出すれば、入国後の健康監視期間を短縮するというものです。より慎重な対応と言えますが、日本もこのアジア型に属します。

 欧米型は医学的エビデンスに基づき合理的に対応しているのでしょうが、それを実施している国々では、新型コロナの感染者数が最近、増加傾向にあるのが気掛かりです。アジア型のように慎重な対応をする方がいいのかもしれません。

マスクもソーシャルディスタンスもなしで音楽ライブに熱狂する観客=2021年5月英・リバプール=EPA時事

 ◇海外の感染者流入を阻止する効果

 欧米型のように、入国時の「接種証明書」や「陰性証明書」の提出だけで入国後の健康監視を行わないと、海外からの感染者流入を完全に抑えることはできません。ワクチン接種をしていてもブレークスルー感染は起こりますし、検査で陰性と診断されても偽陰性のケースもあるからです。

 こうした海外の感染者が国内に流入しても、国民のワクチン接種率が高ければ国内流行への影響は少ないでしょうが、ワクチン効果の低下や感染者数の増加が見られる時期では、国内流行への影響も大きくなります。日本も間もなく、そのような時期に入ると予想されており、現時点での緩和措置は今回発表された規模でも仕方ないものと考えます。

 ◇変異株発生国リストに注目

 水際対策を緩和する際、特に懸念されるのが海外から新たな変異株が流入してくることです。そもそも、昨年12月の水際対策強化は、英国から拡大したアルファ株の流入を阻止するために開始されました。その後、変異株はデルタ株に置き換わり、現在は世界でも、日本でもデルタ株が大勢を占めています。

 世界保健機関(WHO)は全世界の変異株の発生状況を常時モニターしていますが、11月の時点でデルタ株から置き換わる可能性のある新たな変異株は報告されていません。今回、米国がどの国からでも入国を許可したのは、こうした変異株流入の脅威が見られないからです。英国でも危険な国をリスト(red list)にしていますが、現在、このリストにはどの国も記載されていません。

 日本政府も変異株流入のリスクがある国をリストにしており、リスクが高い国からの入国者は一定期間、検疫所の指定する施設に停留させられます。健康監視期間の短縮対象からも除外されます。その国が11月5日の時点で南米の3カ国になっていますが、どの変異株を対象にしているかなどの詳細が明らかではありません。

 今回の日本政府による水際対策の緩和措置は、かなり慎重な対応だと思います。これから冬のシーズンを迎え、第6波の脅威が高まる中では、こうした対応も必要ですが、その危機が過ぎ去った後には、日本経済の再生のために水際対策の本格的な緩和措置を期待したいと思います。(了)


濱田 篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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