ダイバーシティ(多様性) 障害を持っても華やかに

難病児が産まれると母親は退職前提?
~医師の一言で人生が180度変わる~ (ソニー出身、デフサポ代表取締役 牧野友香子)【第5回】

 ◇医師の一言で、難病児の親は辞めることが当然だと知った

 私は重度の聴覚障害者、そして聞こえる夫と結婚し、難病のある長女、そして「きょうだい児」(兄弟姉妹に障害者がいる人)になる次女を育てているワーキングマザーです。

公園に行く散歩の途中で。右が長女、左は次女

 長女を抱っこして、夫と2人並んで医師に難病のことを宣告され、いろいろな問題があること、頸部(けいぶ)脊柱管狭窄(きょうさく)首になっているので、首の骨を削らないといけないこと、身体発達遅延が想定されること、骨が、目が、耳が、皮膚が・・・といった全身に渡る、さまざまな告知を受けました。

 週に3~4回は総合病院に行く生活で、当初は生活をするのに精いっぱいで復帰どころではありませんでした。

 無事に骨を削る手術も終わり、少しずつ落ち着いてきた私たちは、生後半年を過ぎたころ、保育園について医師に相談しました。

 その時、医師に言われた一言。

 「お母さん、仕事は辞めますよね?この子は基本、家で見てあげないと厳しいと思います」

 正直に言うと、この言葉を聞くまで、私は社会人3年目ということもあり、難病があったとしても保育園に入れて働くのが当然だと感じていました。

 えええ!そうなの?!保育園に入れるっていうのはないの?!

 えっ、一生、家で過ごすの?小学校は行けるの?

 ちょっと待って、私が仕事辞めなきゃいけないの?!夫は!?

 と一瞬のうちに脳内をいろんな考えが駆け巡って、次に私が発した一言は

 「じゃあ夫に、仕事を辞めさせますね。専業主夫にさせます」でした。

 隣にいた夫は事前に何の相談も、ためらいもなく唐突に「夫を専業主夫にします」と言った私の発言に一瞬ビックリしたものの、「あ〜全然いいよ!」とサラッと言ったのです。

 私はやっぱり夫って、分かってる!最高だわ!と内心ほれ直していたのですが、この次に医師に言われた言葉に耳を疑いました。

長女、首の手術をした直後。1カ月ほど入院しました

 ◇夫が辞めるとなると一気に印象が変わるの?!

 「ええ〜!!!旦那さんが辞めるんですか?!それはちょっと大変ですよね?(直接は言わないけれども、聞こえない奥さんが働くの?!旦那さんが辞めるの!?という感じで)何か他にも方法が無いか検討してみましょう」と、一気に話の流れが変わりました。

 ちょっと待って〜!私のときは”母親が仕事を辞める前提”だったのに、父親のときはそうじゃないの?!と内心モヤモヤしつつも、

 「夫が辞めなくて済む方法とかって何かありますか?一緒に考えていただけるとうれしいです」。夫も、「そうですね、僕もできれば働きたいとは考えています」と伝えたら、「保育園、どうにか入れるように検討してみましょう。ただ厳しい部分も実際は多いので診断書を書いてもいいですが、分からない部分は分からない、としか書けません」と言われました。

 「それでも良いので、ぜひ、診断書を書いていただきたい」とお願いし、とにかく受け入れてもらえる保育園を探し始めることになりました。最終的には、保育園や区役所と紆余(うよ)曲折はあったものの、病院の主治医が柔軟に対応してくださったおかげで、無事に保育園に入ることができました。

 ◇家族によって正解の形は違うので、選択肢を提示してほしい

 私からすると本当にショックでした。

 まず、母親が仕事を辞める前提だと思われていること、辞めて当然なのは母親だという進められ方をしたこと、でも、夫を辞めさせる方向で言った瞬間に環境が変わることを目の当たりにして、自分と家族の人生に関わる重大な選択が、第三者に左右される怖さを感じました。こんなに共働きの親が増えた今でもそうなんだなぁと。

 実は、医師だけではなく区役所の方や、訪問してくる保健師の方々も同じことを言ってきました。「旦那さんが仕事を辞めるの!?それはちょっと…」と言われたことは、いまだに忘れられません。

 ただ、この時、私は大企業で働いており、育休、介護休職といった福利厚生がしっかりしていた半面、夫の会社では、そういった制度が充実しておらず、私が仕事を続けるというのが夫婦にとっては理にかなった選択でしたし、夫も柔軟な対応ができるタイプだったので、こういった選択も視野にいれることができたのは良かったと思っています。

 もちろん、子供の状態によっては、どうしても保育園に入れられず、在宅で見ないといけないこともあるでしょう。その場合でも、例えば「母親が仕事を辞めないといけない」といった言い方ではなく、「お子さんは保育園に行くのは厳しいので、家族のうち、どちらかが在宅で見る必要がある」というふうに言ってもらえたら、在宅勤務ができる私が見ればいいかも、とか夫の方が融通が利くから、、、など私たちが状況に応じて判断することができます。同じことを伝えるにしても、言い方一つで人の人生の選択が変わります。

 働き方も生き方も多様になった今、選択肢を固定概念で、こうだ、と決めつけるのではなく、テーブルに乗せて、並べてほしいと思っています。

車椅子に乗っている長女、1年弱こちらの器具をつけて、イリザロフ法〈骨を再生する治療法〉をしました

 ◇とは言え、実際、障害児の育児はハードモード

 療育も平日が中心で土日はお休みですし、特別支援学校も、毎日送り迎えが必須だったりします。場合によっては、片道1時間以上かかり、付き添いも必須だったりするため、仕事をセーブしたり、休んだりしないといけなくなります。

 わが家も2カ月に渡る長期入院だったり、療育、通院で仕事をかなり調整せざるを得なかったりする場面が多々あります。実は、わが家の場合、そういった事情もあって、私が育休中に、夫がサラリーマンを辞め、経営者として融通が利くようにと起業しました。

 正直に言うと、こんなに大変だなんて当事者になるまで知りませんでした。

 とにかく障害児・難病児の育児には、時間と労力がかかります。

 障害児にはいろいろと行政からの保険や補助があるとは言え、それでは全然足りないのが実情です。そういった中で、苦労しながら生活をしている人たちがいることを心の隅にでもいいので、とどめてもらえたらうれしいです。

 意外と知られていませんが、わが家のように難病はあるが、身体障害としては一つ一つは手帳が出ないレベル…といった場合は、補助が受けられません。補聴器も、補装具も実費になります。

 30万、40万といった金額を年間で多々払わないといけない状況が多く、もしも、共働きでなかった場合、金銭的にも相当しんどかったでしょう。夫婦で働いておいて良かった!と心から思っています。
多様な価値観や、働き方が増えた今、障害児の療育も、より多様になってほしいと思っています。

 医療従事者はもちろん、多くの人に、柔軟にサポートいただけたら、こんなに心強いことはありません。(了)


 ▼牧野友香子(まきのゆかこ)さん略歴

 株式会社デフサポ 代表取締役

 生まれつき重度の聴覚障害があり、読唇術で相手の言うことを理解する。

 幼少期にすごく良いことばの先生に出会えたことでことばを獲得し、幼稚園から中学まで一般校に通い、聴者とともに育つ。

 大阪府立天王寺高等学校から神戸大学に進学し、一般採用でソニー株式会社に入社。

 人事で7年間勤務。主に労務を担当し、並行してダイバーシティの新卒採用にも携わる。

 第1子が50万人に1人の難病かつ障害児だったことをきっかけに、療育や将来の選択肢の少なさを改めて実感し、2017年にデフサポを立ち上げ、2018年3月にソニーを退職し、聴覚障害児の支援に専念。デフサポでは聴覚障害児の親への情報提供、ことばの教育、就労支援を中心に実施。

 2020年より多くの人に難聴に興味を持ってもらいたい!とYouTubeでデフサポちゃんねるをスタートする。

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