認知症 認知症の人への視線を考える

「予防」重視の功罪 (ジャーナリスト・佐賀由彦)【第3回】

 厚生労働省の新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)によると、2025年には約700万人が認知症になるとされる。これは高齢者の5人に1人に当たり、誰もが認知症になる可能性のある時代の到来だ。しかし、認知症関連の取材を重ねるほどに、日本社会には、その準備が整っていない、という思いが募ってくる。

認知症予防教室で体操をする参加者たち。世界保健機関(WHO)は、健常者の認知機能低下のリスクを低減するための対策の一つとして身体活動を推奨している(写真はイメージです)=坂井公秋撮影

 ◇怒りだした男性

 九州のある地域包括支援センターが主催して、認知症予防教室を開いた。予防に効果があると言われている運動や、パズルを解くなどの脳トレーニング(脳トレ)をしたり、認知症にならないための生活習慣をレクチャーしたりする集まりだった。

 ある日の予防教室で、認知度を自己診断するテストが行われた。記憶力や図形認識力、計算能力などを診断するテストで、いわゆる健常者には、それほど難しくないものだ。ところが、予防教室の常連だった70歳代の男性は、テストに思わぬ苦戦を強いられてしまった。

 自信満々だった彼の表情がにわかに曇り、解答の目安となる時間前に席を立って退出したのだ。職員が追い掛けると、男性は「人を試すようなテストをするなんて、どういうつもりなのか」と、声を荒立てた。

 ◇「早期発見・早期絶望」の恐怖感

 予防教室の担当職員は「軽い気持ちで行った診断テストが、人を傷付けてしまうことに思いが及びませんでした」と反省する。ただ、自己診断テストの役割はあり、早期発見・早期対応につなごうとする狙いがある。

 一方で「早期発見は、早期絶望」と感じる人も、いまだに多い。絶望感の背景には「認知症は不治の病であり、行く末は廃人」という得体の知れない恐怖がある。

 ◇早期発見のメリット

 早期発見により「まだ治せる段階の認知症」である、せん妄、うつ病、特発性正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫などを発見し、治療することができる。

 アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの「治せない認知症」であったとしても、薬剤の適切な選択と投与で、症状の緩和や進行の抑制が可能となる。

 薬物治療と並行して、適切なケアやリハビリ、周囲の配慮などの「非薬物的な対応」も欠かせない。薬物治療と非薬物的な対応を早期から組み合わせて実施することで、徘徊(はいかい)や妄想などの「BPSD」と呼ばれる認知症の行動・心理症状を抑え込むことは十分に可能となる。

 ◇認知症予防はもろ刃の剣

ある日の認知症予防教室のプログラム。プログラムの最下段には「ボケます小唄」「ボケない小唄」の合唱がある(本文とは関係ありません)=坂井公秋撮影

 認知症にはなりたくない。だから、認知症予防教室に参加する。熱心になればなるほど、認知症を忌み嫌う気持ちが高まってくる。しかし、教室に足しげく通ったからといって、認知症にならないとは限らない。それが現実だ。中でも、脳トレには認知症を予防する効果を示すエビデンスはないと言われる。

 認知症予防に熱心な人ほど「自分は認知症かもしれない」と思ったときの落ち込みは大きい。「敗北感」から人と会わなくなり、会話がなくなることで、認知機能はさらに低下する。認知機能が低下するから、ますます閉じこもるという悪循環に陥ることになる。

 一方、自分が認知症にならなくても、認知症予防に熱心な人は、認知症になった人を「敗北者」と見なす傾向がある。

 「あの人最近来ないね」

 「なったんですって」

 「まあ、かわいそうに」

 「認知症になったらおしまいね」

 ある予防教室でそんな会話を耳にした。認知症予防は認知症の排除と、もろ刃の剣なのだ。

 ◇認知症にならないことが予防なのか

 菅義偉首相が官房長官時代に議長を務めた、認知症施策推進関係閣僚会議の「認知症施策推進大綱」は2019年6月、認知症の当事者などからの反発を受け、予防に関する数値目標を盛り込まない形で発表された。

 「認知症になった人が落伍者扱いされる」と当事者が反発したのだ。「認知症の人と家族の会」は、19年の総会アピールで「(数値目標は)偏見を助長し、自己責任論に結びつきかねない」と警鐘を鳴らした。それにもかかわらず、大綱では「70歳代での発症を10年間で1歳遅らせることを目指す」という大きな目標は維持されている。「共生」とともに「予防」を重視している姿勢に変わりはない。

 そんな大綱でさえ、「予防」について「認知症にならないという意味ではない」と釘を刺した上で、「『認知症になるのを遅らせる』『認知症になっても進行を緩やかにする』という意味である」と定義する。いや、定義させられたと見るのが妥当なのかもしれない。

 ◇予防を強いる危険性

 「予防」という言葉には「前もって防ぐ」という意味があり、「認知症予防」という言葉を使うこと自体に無理があるような気がする。そもそも、偏見を招きかねない「予防」を、権力の行使者である政府が率先して提唱することに、筆者は大きな危惧を抱いている。

 ネットを見れば「認知症は予防できる」といった趣旨のサイトがあふれている。認知症予防に関する市場も広がり、脳トレ商品、「ぼけ」防止食品やサプリメント、関連書籍の広告が各種メディアに毎日のように掲載されている。「認知症予防」は商売になるのだ。

 「あなたは認知症だ」と言われたら、どういう気持ちになるだろうか。当事者の胸の内に思いをはせながら、「認知症予防」の功罪を深く考えてみる必要があるだろう。(了)

 ▼佐賀由彦(さが・よしひこ)さん略歴

 ジャーナリスト

 1954年、大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本執筆・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。


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