吉野健一 医師 (よしのけんいち)

吉野眼科クリニック

東京都台東区上野1-20-10 風月堂本社ビル6F

  • 眼科 レーシックセンター
  • 院長

眼科

専門

ドライアイ、コンタクトレンズ(含む治療用特殊コンタクトレンンズ)、各種屈折矯正手術(レーシック、フェイキックIOL、多焦点眼内レンズ)、オルソケラトロジー、眼瞼下垂手術、涙道手術(Endo-DCR)、眼瞼けいれん、片側顔面けいれん

吉野健一

院長の吉野健一医師は、20年前にアメリカからドライアイの概念を日本に持ち込んだ研究グループの一員。同疾患の臨床・研究者として世界的に知られている。全米でもトップを争うマイアミ大学の眼科病院でフェローを務め、帰国後に幅広く開業。ドライアイやアレルギー性結膜炎でコンタクトレンズの装用が困難な人を救いたいという思いのもと1998年という早期からレーシックを開始し、この分野での歴史は古い。土日の診療もあり。緊急時も対応可能。目のホームドクターとして信頼できる。

診療内容

同クリニックには、さまざまな目のトラブルや悩みを抱えた患者が、後を絶たない。メディアや口コミを通して同クリニックの院長である吉野医師の存在を知り遠方からも訪れる。なかでも最も需要が高いのは「レーシック」である。レーシックそのものは、どこのクリニックで受けたとしても90%以上の満足感が得られる、ほぼ確立された手術である。しかし近年、不適切な手術・術後ケアによってトラブルを抱えて悩んでいる患者も多い。吉野医師は『眼科医 吉野健一 ブログ相談室』で、そうしたレーシックをはじめ、さまざまな眼科治療に対する悩みに回答してきた。また、他のクリニックで行われた手術の術後不具合に対しても可能な限り対応してきたという。
「他院で手術を受けた後に、悩みを持って当院にいらっしゃる患者さんに共通して言えることは、担当のドクターが逃げてしまっている、または起きたことを隠さずに正しく伝えていない、ということです。中には、経験の浅い医師や,眼科専門医ではない医師が、商業ベースに乗った安易で不誠実な大量生産の医療を行っている施設もあります」(吉野医師)
ゾッとしてしまうが、ホントの話だから怖い「執刀医が経験豊富で名高い医師だとしても、システムとして安心できない施設もあります。初診、検査、適応診断、執刀、術後ケア等を行う医師が異なるとしたら、それぞれの責任感の所在が曖昧になるし、問題が起きても適切な対処はむずかしいですよね。またレーシックだけを行っているような施設では、その他の合併症が起きても対応しにくい状況にあるようです。私が患者なら、最初から最後まで、一貫して同じ医師が診てくれて、レーシック以外の一般眼科診療も行っているところでなければ、怖くて任せられないです」(吉野医師)
したがって当然、吉野医師は、最初から最後まで、責任を持って自らが担当している。さらに一般眼科診療も行なっているため、レ-シック以外の眼の疾患すべてに対応することも可能だ。
「もし、患者さんが不満を訴えるような事態に陥ってしまった時に、何よりも大切なことは、最後まで責任を持って対応することによって生まれる、患者と医師の間の信頼関係でしょう」(吉野医師)
同クリニックは「前眼部疾患(※)に対し大学病院に匹敵するレベルのクリニック」と讃えられているが、医師との距離が近く信頼関係が築ける分、患者にとっては間違いなく「大学病院以上」だと思う。
一方で吉野医師は、日本医科大学や東京歯科大学の講師を兼務しているため、仮に、より高度な対応を要す場合には、スムーズな連携で最善の医療を提供できる環境にもあるようだ。
※眼瞼(まぶた)、結膜、角膜、強膜など前眼部と呼ばれている部位の疾患。

医師プロフィール

1986年3月 日本医科大学卒業、同年4月 慶應義塾大学眼科学教室入局
1989年1月 共済組合立川病院眼科 医員
1990年7月 神奈川県大和市立病院眼科 医長
1992年7月 米国 University of Miami,Bascom Palmer Eye Institute 留学
1995年1月 慶應義塾大学眼科学教室帰室、同年5月 吉野眼科クリニック開業 同院長(現職)
1998年4月 東京歯科大学眼科学教室 講師(現職) 、同年12月 慶應義塾大学先端医学研究所細胞情報部門研究員
2002年7月 日本医科大学眼科 講師(現職)
2003年12月 バングラデシュNPOアイキャンプ参加
2006年4月 日本コンタクトレンズ学会 オルソケラトロジー検討委員会委員長
2006年10月 オルソケラトロジー検討委員会日本コンタクトレンズ学会代表委員(現職)
2009年4月 オルソケラトロジー臨床試験施設委員会委員長(現職)
2010年1月 日本コンタクトレンズ学会 監事