中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)に対する標準治療は持続陽圧呼吸(CPAP)療法だが、鼻副鼻腔のトラブルやマスク装着に伴う不快感などによる中止例も少なくない。順天堂大学は3月26日、新たな治療選択肢として注目される舌下神経電気刺激療法に関するメディアセミナーを開催。同大学耳鼻咽喉科学准教授/順天堂医院睡眠・呼吸障害センター副センター長の井下綾子氏は同院の治療成績などを提示し、「舌下神経電気刺激療法は、CPAP療法を続けられない患者にとって満足度が高い治療法」と解説した。また、同院で舌下神経電気刺激療法を受けたお笑いトリオ・パンサーの菅良太郎氏は、患者としての体験や術後のQOL改善について話した。(関連記事「舌を制する者は睡眠時無呼吸を制する?」「睡眠時無呼吸に新治療法・舌下神経電気刺激」)

OSAは交通事故や死亡リスクと関連

 OSAでは、睡眠時に口蓋垂や舌根が気道に沈下することで気道が確保できず、無呼吸や低呼吸が生じる。健常人と比べOSA患者は交通事故の発生率が約7倍と高くAm Rev Respir Dis 1988; 138: 337-340)、事故発生リスクは重症度とともに上昇する(N Engl J Med 1989; 320: 868-869)。また、日中の眠気などにより仕事のパフォーマンスが低下するため、経済的損失も大きい。さらにOSAは高血圧動脈硬化と関連し、心血管疾患リスクの上昇につながる。

 OSAの重症度は終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査などを行い、1時間当たりの無呼吸または低呼吸のイベント数を表す無呼吸低呼吸指数(AHI)で評価する。OSAは重症例ほど全死亡リスクが高いと報告されている(Sleep 2008; 31: 1071-1078図1)。

図1.重症度別に見た未治療OSA患者の生存率

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CPAP療法は非侵襲的だが、忍容性に課題

 AHI 20以上のOSAに対する標準治療はCPAP療法であり、使用目標は1晩4時間以上、使用率70%以上とされている。無呼吸やいびきの消失、睡眠の質の改善、心血管リスクの軽減などが認められ、井下氏は「非侵襲的であり、使用できる患者にはCPAPが最適」と解説する。

 ただしCPAP療法には忍容性の課題があり、主な中止理由としては鼻副鼻腔トラブル(鼻閉、鼻炎、鼻出血、鼻内乾燥)、マスクトラブル(皮膚炎、空気漏れ)、閉所恐怖症、マスク装着に伴う不快感、無意識に外してしまうことなどが挙げられる。海外の報告では1996~2011年におけるCPAP療法の中止率は34.1%で、ほぼ横ばいで推移していた(J Otolaryngol Head Neck Surg 2016; 45: 43)。

刺激装置を鎖骨下に植え込み、微弱な電気で舌下神経を刺激

 舌下神経電気刺激療法は、国内では2021年6月に保険収載された。パルスジェネレータと呼ばれる刺激装置を鎖骨下に植え込み、睡眠中の呼吸に同期させて微弱な電気で舌下神経を刺激し、舌を前方に出すことで気道閉塞を防ぐ治療法だ(図2)。

図2.舌下神経電気刺激療法の刺激装置

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(Inspire Medical Systems Japan提供)

 舌下神経電気刺激療法の導入は欧米が先行しており、22施設で登録した中等症以上のOSA患者126例(平均年齢54.5±10.2歳、男性83%、BMI 28.4±2.6)を対象とした臨床試験では、AHI中央値がベースラインの29.3から12カ月後には9.0へと有意に低下し、眠気も有意に改善した(N Engl J Med 2014; 370: 139-149)。

薬物睡眠下内視鏡検査で適応を判定

 適応に関しては、日本呼吸器学会、日本耳鼻咽喉科学会、日本循環器学会、日本睡眠学会が舌下神経電気刺激装備適正使用指針を定めている。BMI 30未満中枢性無呼吸の割合が25%未満などの基準を満たすAHI 20以上のOSA患者に、薬物睡眠下内視鏡検査(DISE)を行い適応を判定する()。

表.舌下神経電気刺激療法の適応

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(図1、表とも井下綾子氏発表資料を基に編集部作成)

 順天堂医院では2022年8月に舌下神経電気刺激療法を開始した。睡眠専門医が主治医となり、頭頸部外科医が植え込み術を行い、中長期的な合併症に対応する。また、DISEのサポートなどは臨床工学技士、PSG解析などは臨床検査技師が担うなど、チーム医療を行っている。

菅氏の治療経過:使用率やQOLが大きく改善

 同院で舌下神経電気刺激療法を受けた菅氏は、手術時42歳でBMIは21と少し痩せ形。前医で約1年CPAP療法を行っていたが、使用率は58%、4時間以上使用率は18%、平均使用時間は1時間43分だった。身体所見は小顎で扁桃肥大はなく、舌骨定位が認められた。AHIは34.6と重症。

 同氏は植え込み術の翌日に退院、術後31日目に装置を作動して治療を開始した。現在は術後半年が経過し至適刺激を調整している段階だが、使用率は82%、4時間以上使用率は73%、平均使用時間は5時間とCPAP療法に比べ大きく改善した。

 以前行っていたCPAP療法について、同氏は「装着が煩わしく、睡眠中に自分で外してしまい、努力しても使っていられるのは1時間半ほど。装置の音に驚いて睡眠が妨げられた経験もあり、寝ること自体をストレスに感じていた。宿泊を伴う仕事のたびに持ち運ぶのも大変だった」と振り返る。

 ストレスが大きかった同氏は、舌下神経電気刺激療法を紹介されてすぐに治療を選択した。使用に際し、電気刺激の痛みや不快感などはないという。睡眠やQOL、体調が大幅に改善し、お笑い芸人の仕事についても「治療後の自分は明らかに面白くなった」と満足感を語った。

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(左から井下氏、菅氏、同大学耳鼻咽喉科学主任教授の松本文彦氏)

順天堂医院での奏効率は80%

 菅氏は舌下神経電気刺激療法を選択し奏効したが、同療法には短所や課題もある。装置を植え込むという高い侵襲性に対し、恐怖を感じる患者が多いという。また、MRIの実施に制限が生じ、感染リスクも伴う。バッテリーの寿命は約11年とされており、交換時には再手術が必要となる。

 同院ではこれまで、OSA患者18例に舌下神経電気刺激療法を行っている。そのうち10例に対する治療期間6カ月での治療効果は、AHIが32.8から10.4へと有意に低下し、奏効率(AHIの低下が50%以上かつAHIが15未満)は80%。患者の満足度は「非常に満足」と「満足」が各36%、「やや満足」が27%と高かった。井下氏は「奏効に至らなかった患者は舌下神経電気刺激療法単独での治療が難しい超重症例だが、CPAPのマスク装着が不要となった点などを踏まえると喜ばれる」と説明した。

 ただ、日本を含むアジアではまだ症例数が少ない状況にあるという。同氏は「舌下神経電気刺激療法は高い治療効果と満足度が得られており、CPAP療法を行えずに困っている患者のための新たな選択肢。啓発を続け、他施設とも連携してエビデンスを積み重ねていきたい」と展望した。

(編集部・畑﨑 真)