医学の窓辺

動脈硬化を引き起こす新しいメカニズムの解明
~血管平滑筋細胞がマクロファージを集積させる~ 名古屋市立大学

 研究成果の概要

 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 細胞分子薬効解析学分野の鈴木良明 講師、今泉祐治 特任教授、山村寿男 教授、カルガリー大学 医学部のWayne R. Giles教授、Gerald W. Zamponi教授らの国際共同研究グループは、高血圧によって動脈硬化が引き起こされる新たなメカニズムを発見しました。わが国では、高血圧者数は4,000万人以上と推定され、高血圧に起因する脳心血管病死亡者数は年間約10万人に上ると考えられています。高血圧が持続すると動脈硬化が起こり、脳心血管病のリスクが高くなります。動脈硬化が発症する原因として、免疫細胞の一種であるマクロファージが血管壁に集積することがわかっていましたが、具体的なメカニズムは不明でした。本研究は、血管に高圧負荷がかかると、血管平滑筋細胞内に流入したカルシウムイオンが、興奮-転写連関(E-Tカップリング)と呼ばれる現象を起こして、マクロファージの集積と動脈硬化を起こすことを明らかにしました。既存のカルシウム拮抗薬が動脈硬化の進展を抑制する機序はわかっていませんでしたが、本研究によって明確な分子メカニズムが初めて明らかになりました。今後、本研究で見いだした新たな動脈硬化形成メカニズムを標的とした高血圧および脳心血管病の新しい治療薬の開発が期待できます。

 本研究成果は「米国科学アカデミー紀要(PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」に2022年4月11日に公開されました。

 【背景】

 動脈にさまざまな刺激やストレスが持続的に加わると血管構造が変化します。この現象を「血管リモデリング」と呼びます。これにより血管内腔が狭くなったり、血管壁が硬くなったりして動脈硬化が起こります。その結果、血管の閉塞(へいそく)や破裂によって引き起こされる脳心血管病(1)が発生しやすくなります。動脈硬化は大きく分けてかゆ状動脈硬化と細動脈硬化の二つがあり、両者とも免疫細胞の一種であるマクロファージの病変部への集積とその後の慢性炎症が、発症の主な原因となることが知られています。しかし、具体的にマクロファージが病変部へ集積するメカニズムについては明らかにされていません。  

 血管3層構造のうち中膜を構成する血管平滑筋細胞(2)では、電位依存性カルシウムチャネル(Cav1.2チャネル)(3)が開口すると、細胞内へカルシウムイオン(Ca2+)が流入して、血管平滑筋の収縮と血圧の上昇が起こります。血管平滑筋細胞は収縮・弛緩(しかん)することで、血管径を変化させて血圧や末梢(まっしょう)組織への血流量をコントロールします。一方、神経細胞では、カルシウムチャネルを介して細胞内に流入したカルシウムイオンが、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼ (CaMK)などを活性化して、遺伝子転写を引き起こすことが知られています。この現象は「興奮-転写連関(E-Tカップリング)」と呼ばれ、シナプス構造を変化させて記憶の定着に関わると考えられています。血管平滑筋細胞でもE-T カップリングが起こることが知られていましたが、①具体的にどのような分子メカニズムで起こるのか、②どのような遺伝子の発現が上昇するのか、③私たちの身体でどのような役割を果たすのか、については明らかになっていませんでした。

 研究グループはこれまでに、血管平滑筋細胞において細胞膜上のくぼみ構造「カベオラ」の構成分子であるカベオリン1(4)がCav1.2チャネルとその下流分子から構成される分子複合体を形成することで、血管張力(血圧)が適正に維持されることを明らかにしてきました。本研究では、血管平滑筋細胞のカベオラ内に形成された新規の分子複合体が、血管壁に加わった高圧負荷に応答してE-Tカップリングを生じ、マクロファージの血管壁への集積とその後の動脈硬化を引き起こすことを明らかにしました。

図1 本研究成果の概要

 【研究の成果】

 マウスの腸間膜動脈に対して持続的な刺激を加えると、血管平滑筋細胞内で転写因子CREB(5)が活性化され、E-Tカップリングが生じました。詳細な実験から、「Cav1.2-CaMKK2-CaMK1a経路」がCREBの活性化に重要であることを明らかにしました。さらに、蛍光イメージング法によりこれらの分子が血管平滑筋細胞のカベオラ内で分子複合体を形成することが判明しました。また、マウスからカベオリン1遺伝子を人為的に欠損させて、カベオラ構造を消失させた血管平滑筋では、Cav1.2-CaMKK2-CaMK1aの分子複合体形成が阻害され、CREBの活性化が減弱しました。これらの結果から、カベオラ内にCav1.2-CaMKK2-CaMK1a分子複合体が形成され、E-Tカップリング(CREBの活性化)を引き起こすことを明らかにしました。

 次に、研究者らは血管平滑筋細胞のE-Tカップリングによって、具体的にどのような遺伝子の転写が促進されるのか解析しました。マウスの腸間膜動脈に対して持続的な脱分極刺激を加えることで、ケモカインや白血球接着分子など、単球やマクロファージの集積を促すタンパク質の遺伝子が転写されることを突きとめました。データベース解析からこれらの遺伝子の多くにCREBの結合領域が含まれることも判明しました。詳細な解析から、これらの遺伝子の転写はCav1.2-CaMKK2-CaMK1a経路の活性化で生じることが明らかになりました。

 さらに研究者らは、Cav1.2-CaMKK2-CaMK1a経路の活性化が、実際に血管壁へマクロファージを集積させるか解析しました。血流の増加による高圧負荷は血管壁を伸展させて、血管平滑筋細胞のCav1.2チャネルからカルシウムイオンを流入させることが知られています。まず、マウス腸間膜動脈に対して、高血圧を模倣した高圧負荷を加えたところ、血管平滑筋においてCav1.2-CaMKK2-CaMK1a経路を介してCREBが活性化することがわかりました。次に、マウス体内の特定の腸間膜動脈に対して高圧負荷を加えたところ、血管平滑筋特異的なCREBの活性化と、血管壁へのマクロファージの集積が観察されました。このような血管では中膜(平滑筋層)の肥厚(動脈硬化)が見られました。ところが、カベオリン1遺伝子の欠損やCaMKK2阻害薬の投与により、血管平滑筋細胞におけるCREBの活性化や血管壁へのマクロファージの集積、動脈硬化が減弱しました。

 以上より、カベオラ内に形成されたCav1.2-CaMKK2-CaMK1a複合体は、E-Tカップリングにより、持続的な細胞内カルシウムイオン濃度上昇を、マクロファージ集積を促すタンパク質群の転写へ変換することで、動脈硬化を引き起こすという結論に至りました(図1)。

 【研究のポイント】

・血管平滑筋細胞のカベオラ内でCav1.2-CaMKK2-CaMK1a複合体が形成される。
・高圧負荷により上記複合体が活性化し、E-Tカップリングが起こる。
・E-Tカップリングによりマクロファージが集積して、動脈硬化が生じる。
・Cav1.2-CaMKK2-CaMK1a経路の阻害薬は、高圧負荷による動脈硬化を抑制する。

 【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 高血圧治療ガイドライン2019によると、日本国内の高血圧者数は4,000万人以上と推定されています。また、高血圧は脳心血管病による死亡の要因として最大であり、高血圧に起因する脳心血管病死亡者数は年間約10万人と推定されます。本研究で示したように、高血圧では末梢の動脈に強い圧負荷が持続的にかかることで動脈硬化が起こり、血管壁の柔軟性が損なわれます。これにより、高血圧が増悪・慢性化して、脳心血管病のリスクが高まります。特に脳血管障害の場合は、寝たきりや手足のまひなど重い後遺症が残りやすく、患者のQOLを著しく低下させます。また、高血圧は末期腎不全や血管性認知症の発症と相関することも示されています。そのため、本研究のような動脈硬化が形成されるメカニズムの解明や治療法の開発は、脳心血管病の発症・進行・再発の抑制および死亡者を減らし、わが国の健康寿命を延ばす上で非常に重要です。

 カルシウム拮抗薬は古くから使用される高血圧治療薬であり、安全かつ安価に使用することができます。カルシウム拮抗薬には動脈硬化の進展を抑制する効果もあることが以前から知られていましたが、その具体的な機序はよくわかっていませんでした。本研究は、カルシウム拮抗薬がE-Tカップリングを阻害することで中膜肥厚による動脈硬化の進展を抑制することを初めて明らかにしました。さらに、本研究では動脈硬化の新たな治療標的としてCaMKK2を見いだしました。今回の研究で得られた成果を足掛かりとして動脈硬化を予防・抑制する新たな薬の開発が期待できます。

 【用語解説】

 1.脳心血管病

 脳血管障害(脳卒中)と心疾患を合わせた呼称であり、高血圧が最大の危険因子となる。脳血管障害として、脳出血やくも膜下出血、脳梗塞などがある。心疾患としては心肥大、冠動脈疾患、心不全、心房細動などがある。

 2.血管平滑筋細胞

 動脈は外膜・中膜・内膜の3層から構成される。中膜は主に血管平滑筋細胞により形成され、平滑筋の収縮・弛緩により血管径が変化することで血圧がコントロールされる。

 3.電位依存性カルシウムチャネル

 カルシウムイオン(Ca2+)を選択的に通すカルシウムチャネルの一種。血管平滑筋細胞には、電位依存性カルシウムチャネルのうちCav1.2チャネルが主に発現する。細胞内カルシウムイオン濃度は細胞外に比べて約1万倍低いため、Cav1.2チャネルが開口すると、細胞内へカルシウムイオンが流入して平滑筋が収縮する。高血圧治療薬として使用されるカルシウム拮抗薬は、Cav1.2チャネルを特異的に阻害する。

 4.カベオリン1

 細胞膜上のくぼみ構造「カベオラ」の形成に必須なタンパク質である。カベオリン足場ドメインを介してさまざまな分子と結合して、カベオラへ集積させる。

 5.サイクリックAMP応答配列結合タンパク質(CREB)

 転写因子の1つであり、133番目のセリン残基がリン酸化されるとホモあるいはヘテロダイマーを形成して、DNAに結合し、遺伝子の転写を起こす。

 【研究助成】

 本研究は日本学術振興会 科学研究費 若手研究A(鈴木良明:16H06215)、基盤研究B(鈴木良明:19H03381、22H02773)、挑戦的研究(萌芽)(鈴木良明:21K19343)、基盤研究C(山村寿男:19K07125)、国際共同研究強化(B)(今泉祐治:18KK0218)、名古屋市立大学特別研究奨励費(鈴木良明、山村寿男)、三井住友海上福祉財団(鈴木良明)、ソルト・サイエンス研究財団(鈴木良明)、薬理研究会(鈴木良明)、鈴木謙三記念医科学応用研究財団(鈴木良明)、上原記念生命科学財団(鈴木良明)の助成を受けたものです。

 【論文タイトル】

 A molecular complex of Cav1.2/CaMKK2/CaMK1a in caveolae is responsible for vascular remodeling via excitation-transcription coupling
(カベオラに形成されたCav1.2/CaMKK2/CaMK1a分子複合体は興奮転写連関を介して血管リモデリングの原因となる)

 【著者】

 1鈴木良明*、1小澤拓海、1倉田朋、1中島七海、2, 3Gerald W. Zamponi、2Wayne R. Giles、1今泉祐治、1山村寿男*(* corresponding author)

 所属

 1名古屋市立大学 大学大学院薬学研究科 細胞分子薬効解析学分野
 2Department of Physiology & Pharmacology, Cumming School of Medicine, University of Calgary
 3Hotchkiss Brain Institute, Alberta Children's Hospital Research Institute, Cumming School of Medicine, University of Calgary

 【掲載学術誌】

 学術誌名:米国科学アカデミー紀要(PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
DOI番号:10.1073/pnas.2117435119

 【研究に関する問い合わせ】

 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 講師 鈴木良明
 E-mail:yoshisuz@phar.nagoya-cu.ac.jp

 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 教授 山村寿男
 E-mail:yamamura@phar.nagoya-cu.ac.jp

 【報道に関する問い合わせ】

 名古屋市立大学 事務局総務部広報室
 名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
 TEL:052-853-8328  FAX:052-853-0551
 E-mail:ncu_public@sec.nagoya-cu.ac.jp


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